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稲富博士のスコッチノート

第95章 ノーザン・ヴァイキング・ツアー-その1

写真1.ステネスのスタンディング・ストーン:5000年前に、古代ノルウエー人(Old Norse)が祭儀のために建立した。ユネスコの世界遺産「オークニー諸島の新石器時代遺産中心地」の一つ。

少し前置きが長くなる。英国に、「醸造・蒸溜学会」(Institute of Brewing and Distilling、略称IBD)という組織がある。発足は1886年、ロンドンのビール会社の技術者が時々集まっては技術的な課題について情報交換をしていた「研究室クラブ」を嚆矢とする。幾多の変遷を経たが、現在は全世界約5000人の会員を擁する研究者・技術者の集団である。組織は、ロンドンに本部を置き、英国内を4つ(南部、中部、北部イングランド及びスコットランド)、国外を4つ(アジア・パシフィック、アイルランド、アフリカ及びその他)のセクションに分けて活動を行っている。

組織の目的は、「醸造・蒸溜および関連分野における、教育と技術の進歩を促進する」である。具体的な活動は、レクチャー、セミナー、資格試験、学会の開催、技術見学、ジャーナルの出版等で、会員の交流にも力をいれている。

そのスコットランド支部が、今年の5月に主催した見学イベントが、「ノーザン・ヴァイキング・ツアー(Northern Viking Tour)」で、かつてヴァイキングが支配したオークニー島と北スコットランドにある蒸溜所とビール工場合わせて8ヶ所を3日間で訪問しようという計画である。

行程

図1.ヴァイキングツアー オークニーへの道:第一日目はグラスゴーからオークニーまで約560㎞、2か所の見学を入れて13時間の旅であった。

オークニーは遠い。第1日目、バスの出発地点は、グラスゴーから北東に車で約1時間の所にあるティリコールトリー(Tillicoultry)という小さな村にあるバス会社のガレージである。参加者23名のIBDのメンバーは、その大半がグラスゴー、エジンバラ、スターリング、パースとその近郊に在住しているので、バスはティリコールトリーの後は、スターリング、パース、インバネスの集合地点を順番に回って参加者をピックアップし北に向かうという段取りである。初日の訪問先は2箇所、インバネスから約1時間のインバーゴードン蒸溜所(Invergordon Distillery)と、さらに約2時間北のウイック(Wick)にあるプルトニー蒸溜所(Pultney)である。

インバーゴードン蒸溜所

インバーゴードン蒸溜所はグレーン・ウイスキーの蒸溜所である。グレーン・ウイスキーといえば、その発祥以来ローランド地方が生産地で、カフェー(Coffey)が1830年に連続式蒸溜機を発明する以前から、未発芽の穀物と麦芽から作った糖化醪を発酵させ、大型のポット・スティルで蒸溜された粗製のスピリッツは、大半がイングランドへ輸出され、そこで再溜・精製されてジンになった。カフェー・スティルはグレーン・スピリッツの製造をうんと楽にしたし、後に樽で貯蔵熟成してブレンデッド・ウイスキーに使われることになる。

ブレンダーのほとんどはローランドにいて、ブレンドや瓶詰めの作業、市場へのアクセスを考えると、グレーンの蒸溜所の立地には、ローランドの利便さは揺るがないと思われるのだが、このインバネスより北のインバーゴードンにグレーンの蒸溜所が建設されたいきさつは、この地での産業振興策による。第二次大戦後、この地にあった海軍の基地やアルミの精錬工場が撤退、地域起こしのために選ばれたのがグレーンの蒸溜所であった。原料の産地に近い(すぐ南のブラック・アイルは大麦や小麦の産地である)、良港があり原料や製品の輸送に便利等の利点があり、それほど不利はないそうである。

写真2.インバーゴードン蒸溜所:グレーン・ウイスキーの生産が主だが、ニュートラル・スピリッツの製造も行える。操業を始めたのは1961年、現在は年間アルコール100%に換算して4万KLの能力である。

製造工程の概要は下記の通りである。

◯ 原料:未発芽の穀類はトウモロコシか小麦。どちらかはその時の穀物市況で選択する。現在はフランス産のトウモロコシを使用している。

◯ 粉砕・仕込み:原料はハンマーミルで細かく粉砕し、145℃の高温で蒸煮してから温度を64℃に下げて麦芽を加えて糖化する。糖化液の糖度は20プラトーの高濃度仕込み。糖化液は濾過することなく穀物由来の固形分を含んだまま発酵槽へ送る。

◯ 醗酵:糖化液の温度を25℃に下げて酵母を加えて発酵させる。高濃度醗酵なので発酵時間は長くなり数日を要する。発酵終了時の醪のアルコール度数は12度である。

◯ 蒸溜システム:醗酵醪からアルコールや揮発成分を分離する醪塔(Analyzer)、醪塔から出てくるアルコール蒸気を精製・濃縮する精溜塔(Rectifier)、それと精溜塔で分離されたフーゼル・アルコール区分からアルコールを回収する回収塔の3塔構成。グレーン・ウイスキー用のスピリッツのアルコール度数は94.4%である。

◯ 貯蔵:グレーン・ウイスキーは70%で樽詰めする。貯蔵はパレット積み。1パレットに、バーボン樽6丁を縦置きにして固定し、ウイスキーの充填や払い出しは鏡に開けた口から行う。

インバーゴードンは、高い生産性をもったオーソドックスなグレーン蒸溜所である。見学の終わりに、創業50年(2011年)を記念して瓶詰めされたシングルグレーン50周年記念ボトルのテイスティングを経験したが、オレンジ、アップルにスパイシーなどの豊な香りと、軽いながら良い味わいがあり、ともすればブレンデッド・ウイスキーの脇役としかみられないグレーン・ウイスキーも十分熟成させると立派なウイスキーであることを改めて認識した。

プルトニー蒸溜所

インバーゴードン蒸溜所を出てから、ひたすら東海岸沿いに国道A9号線を北上する。途中、A99号線 に入りプルトニー蒸溜所まで130㎞のドライブであった。蒸溜所のあるウィック(Wick)の町は、現在の人口は7000人余り。19世紀の鰊ブームの時に港町として栄えた。漁師の多くは、18世紀から始まったハイランド・クリアランスで村を追われた住人であった。(スコッチノート第29章を参照ください)。

プルトニー蒸溜所は、町中蒸溜所である。壮大な風景の中に独特のパコダが佇む風景と違って古い町の一角の‛横丁をちょっと入ったところ‘にあり、日本でいえば地方の町の造り酒屋といった感じである。創業は古く、1826年というから、現存する112のモルト蒸溜所の中で30番目くらいに古い。実は、このプルトニー蒸溜所は1955年から約40年間、バランタイン社が所有していて、モルトはバランタインのブレンドに使用されていたのである。

蒸溜所は、原料大麦や酵母は変わっているが、昔ながらの設備を大事に使い、コンピューター制御なしの昔ながらのやり方を踏襲している。概略下記の通り。

◯ 麦芽:原料大麦コンチェルトのノン‐ピーテッド麦芽

◯ 粉砕機:サイザー社製

◯ マッシュタン:一仕込み5.1トン。6時間サイクル

◯ 発酵:発酵槽は6基。酵母は乾燥ディスティラーズ・イースト。発酵時間は50-100時間

◯ 蒸溜:初溜釜1基、再溜釜1基。この初溜釜はその特異な形状で知られる。ウイスキーの蒸気を液体に戻す冷却器は、古いワーム(Worm)タブ

◯ 貯蔵:主としてアメリカンバレル。蒸溜所内の貯蔵能力は22,000丁

◯ ボイラー:近隣の森の間伐や製材所から出るウッド・チップを燃料にしている。

写真3.プルトニー蒸溜所の初溜釜:この形、スコッチのポット・スティルのコンテストをすると、異形No.1に選ばれると思われるが、できるシングルモルトは複雑な味わいを持ちながら結構エレガントなスタイルである。

以前にもご紹介しているが、この蒸溜所のエースは何と言っても、特異な形の初溜釜である。異様に膨らんだ上胴部、上がちょん切れたネック、そこから真横に突き出したラインアームと、まさに異形である。ネックがちょん切れたのは、蒸溜室の高さを測らずに中古の釜を購入して、いざ据え付けようとしたら、上が建物の天井に閊えて収まらないので、ちょん切ったという逸話が有名である。

しかしながら、最近こちらの業界に長いエキスパートに聞いた話では、これは「お話し」であって、ネックの上が切れて平なのは、以前釜が石炭の直火で加熱されていた時、ポット・スティルの焦げ付きを防ぐラメジャーを駆動するシャフトを上から通していたためという。そうなると、相当古い釜という事になり、何時、どこで使われていたのか、メーカーはどこか、こんな形をイメージする設計者はどんな人物か等知りたくなるが、まあ、こんな事を考えながらプルトニーを飲んでいると、ひと際味わいが深くなる。

写真4.初溜釜のワーム:ご覧のように四角形のタンクである。右上、建物から水平に出てきたラインアームが直角に折れ曲がって下がり、ズボッとタンクの中のワームにつながっている。タンクが四角なので。ワームも円形の蛇管ではなく四角形である。

この蒸溜所の古さを示すもう一つのものがある。それは、ポット・スティルから出てくるウイスキーの蒸気を冷却して液体に戻すのに、旧式のワーム(Worm=蛇管式)を使っていることである。ワームは、蛇管が大きな水槽のなかをうねうねと曲がりながら浸かっていて、ウイスキーの蒸気は蛇管の中で液化する。これに対して、一般的なコンデンサーは縦型で、円筒型の銅製のケースの中に、内側を冷却水が流れる銅のチューブがぎっしり入っていて、ウイスキーの蒸気はこのチューブの外側面で凝縮して液体にもどる。ワームは、コンデンサーに比べると冷却面積が小さく、また蛇管の内部は沈着物が溜まりやすいので冷却効率が悪いが、これがウイスキーの成分中の硫黄化合物が銅と反応して除去される度合いを下げ、ウイスキーの風味に複雑・重厚さを与える。コンデンサーは反対に、銅とウイスキーの接触面積が広く、冷却面もクリーンに保ちやすい、冷却水の温度も高く設定できる等の利点があるが、ウイスキーの硫黄成分が除去されやすく、ウイスキーはフルーティーですっきりした味わいになる。

写真5.プルトニー蒸溜所に隣接するバイオマス発電会社のウッド・チップ・ボイラー。近隣の200家庭と蒸溜所に熱を供給している。

現在、スコッチウイスキー業界が一体となって取り組んでいる重要な課題の一つは、サステエイナビリティー(Sustainability=環境への配慮)である。地球環境は、全人類の公共のものという考えから、資源の効率的な利用と環境への負荷の低減に力をいれている。いくつものプロジェクトがあるが、その一つに化石燃料へ依存度を2050年には20%にまで削減する目標があり、各蒸溜所はその立地に合った手段で取り組んでいる。プルトニー蒸溜所は、蒸溜所で必要な熱源を、従来の重油ボイラーに替えて、バイオマスのウッド・チップを燃料にして地域の家庭に暖房用の蒸気を供給している会社から受けることにした。バイオマスは、生物が大気中の炭酸ガスを吸収して生成するので、バイオマス燃料を燃焼して炭酸ガスが発生しても、もとに戻したと考えると大気への炭酸ガスの負荷はゼロだし、なにより再生可能(Renewable)という特徴がある。

オークニーへ

プルトニー蒸溜所の見学の後、オークニー島へのフェリー乗り場に急いだ。約30分で、フェリーの出るギルス・ベイ(Gills Bay)に到着。ここからオークニーへのフェリーが最も時間が短く、約1時間でオークニーのセント・マーガレット・ホープ(St. Margaret Hope)に着く。この村は、オークニー本島ではなく南ロナルゼー(South Ronaldsey)という小島にある人口500人くらいの村であるが、オークニーで3番目に大きい集落である。セント・マーガレット・ホープという変わった名前の由来は解明されていないが、一つの説は、スコットランド王だったマルコム三世の妃で、1093年の死後に列聖された聖マーガレットに由来するというもの、もう一つは、1286年に死去したスコットランド王、アレキサンダー三世の孫で、ノルウエー王の娘のマーガレット(ノルウエーの乙女、Maid of Norwayと言われる)が、1090年にベルゲンからエジンバラに向かう途中、嵐でここに流れ着き、寒さと疲労で死亡するという悲劇があり、当時まだ3歳だったマーガレットを悼んで村の名前にした、という説がある。

写真6.オークニー島へのフェリー、ペンタリーナ号:近代的なカタマランで、乗用車なら約30台と乗客350人を乗せ、巡行速度18ノットの快速で航行する。

セント・マーガレット・ホープから、オークニーの首都のカークウォール(Kirkwall)までは、第二次大戦中に建設されたチャーチル・バリアー(Churchill Barrier)の上を走る。バリアーは、1939年に英海軍基地のスキャパ・フロー(Scapa Flow)に侵入してきたドイツのU-ボートに、英国戦艦のロイヤル・オークが撃沈されるという不名誉があり、防備の不備に激怒したチャーチルが建設を命じたものである。

この日の最後の行程のセント・マーガレット・ホープからカークウォールまでは小一時間であったが、夜の8時を過ぎていた。朝、グラスゴーを出てから13時間、やはりオークニーは遠かった。

参考資料
1. http://whc.unesco.org/en/list/514
2. https://www.ibd.org.uk/about-us/
3. https://en.wikipedia.org/wiki/Invergordon
4. http://www.oldpulteney.com/
5. http://www.scotch-whisky.org.uk/what-we-do/environmental-strategy/
6. http://www.pentlandferries.co.uk/
7. https://en.wikipedia.org/wiki/Churchill_Barriers