Ballantine'sBallantine's

Menu/Close

稲富博士のスコッチノート

第23章 シェリーウッドの故郷を訪ねて- その3

シェリー酒の歴史

シェリーの原産地地域:この図の境界の中で収穫、醗酵、熟成されたシェリーだけが Sherryの呼称を許される。銘醸地として有名なヘレス、サン・ルーカル・デ・バラメーダ、プエルト・デ・サンタマリアなど全部で9つの地域からなり、全体で年間約10万トンのぶどうが収穫される。

シェリー酒の故郷であるヘレスは、スペイン南西部アンダルシアにある。温暖な地中海気候に恵まれ、年間の平均気温は17.5℃、600mmの年間降雨量はほとんどが10月から5月にかけて降り、日照は300日に近い。ぶどう栽培に適したこの地方では紀元以前からワイン作りが行なわれてきた。 この地方は8世紀はじめから13世紀中頃の500年間はアラブの支配下にあったが、その時代でもぶどうは、"軍隊の食料としての干しぶどう生産と、ワインから蒸溜するアルコールは医薬用に必要“、という理由で栽培された。イスラムの教えにもかかわらず、一部のワインやブランデーが密かに人々の口に入ったのは想像に難くない。 13世紀に、アルフォンソ10世によってこの地方がムーア人から奪回されると、シェリーは国の経済をささえる重要品として奨励され発展への転換期を迎えた。英国へは、英国産の羊毛とのバーター品として大量に輸出されるようになり、“シェリー(Sherry)"として人気を博した。Sherryは、ヘレス地方のアラビア語Xerezの英語訛化した呼び名である。 英国とシェリーの因縁は深い。平和な交易だけでなく、英国は武力によって大量のシェリーをこの地方から略奪した。1587年にCadizを襲った英国海軍のドレーク(Drake)提督は3000バット(Butts=約500L入りのシェリー樽)ものシェリーを略奪していった。ドレークの、スペイン海岸地方やスペイン商船への襲撃は執拗で、スペイン人には非常に恐れられた。今でもスペインの母親は言う事を聞かない子供に、“見なさい、ドレークが来ているよ!"と叱るそうである。 コロンブスによる新大陸の発見以降の大航海時代には、シェリーは大量に船団に積みこまれた。ブランデーで強化されたシェリーは長い航海にも腐敗する事が無くその風味が保持されたからである。最初に世界一周に成功したマゼランの船団は大量の革袋と樽のシェリーを積みこんでいった。船団は、シェリーの一種マンサニージャ・ワインの産地として有名なサンルーカル・デ・バラメーダに帰港したので、シェリーは“最初に世界一周したワイン"と言われているが、この時はたしてシェリーが残っていたかは疑問、との声もある。

現在のシェリー酒つくり

パロミノ種のぶどうとアルバリーサ(Albariza)土壌:アルバリーサといわれるこの石灰質とシリカに富んだ白い土壌から収穫されるぶどうから最高品質のシェリーが出来る。(Gonzalez Byass社)

パロミノ(Palomino)種のぶどう:シェリーはほぼこのぶどうからつくられる。収穫は早く、9月の第2週から始まる。品質維持のため現在でも大半が手摘みで収穫される。(Consejo Regulador de las Denominaciones de Originのサイトより)

フロール(Flor):熟成中のフィノ・ワインの表面に張ったフロールの正体は酵母で、ワインを適度に酸化し、叉その代謝産物でシェリーに独特のフレーバーを付加する。ソレラの中のフロールはボデガの宝物である。(Pedro Domecq社)

ボデガの内部とソレラ・システム:ボデガの高い天井は外気の影響を緩和し、ソレラの中のシェリーを最適の条件で熟成させる。ボデガ内部の静粛さ、ほの暗さとわずかの光はヨーロッパ中世の大聖堂を思わせる。(Pedro Domecq社)

ボデガの構内:積まれた樽、白壁、アーチ、通路に植えられたぶどう、とスペイン人の美的センスがボデガの雰囲気を盛り上げていて、試飲のシェリーがいっそう美味しく感じられた。(ヘレスのPedro Domecq社にて)

1.シェリー酒の定義
シェリーは酒類の中で、もっとも古くから国際的に原産地呼称が見とめられたものの一つである。その定義の基本的な部分は、
ア.スペインのヘレス地区で収穫されたぶどうから醸造されること。
イ.使用できるぶどうの種類はパロミノ(Palomino)、ぺドロ・ヒメネス(Pedro Ximenez)とマスカット(Muscat)の3種類。いずれも白ワイン用の品種である。
ウ.ブランデーを添加された強化ワインで、最低アルコール度数は15%。
エ.最低限3年以上、ヘレス地区の特定のボデガで熟成されていること。である。

2.ぶどうの栽培地域
シェリーの原産地呼称を得るにはヘレス地方で収穫されたぶどうが原料に使われることが必要であるが、ヘレス地方は更に9つの地区に分けられている。この中で、へレス-プエルト・デ・サンタマリア-サンルーカル・デ・バラメーダを結ぶ3角形に囲まれた地域のアルバリーサ(Albariza)といわれる風化した白い石灰質土壌は最も優良なぶどうを産出するといわれている。収穫は早く9月の第2週から始まる。収穫のほとんどはパロミノ種である。

3.搾汁と醗酵
収穫されたぶどうはすぐに醸造所に運ばれ、搾汁される。搾れるぶどう果汁は原料の70%以下と決っていて、それ以上の搾り果汁はシェリー以外のワインかブランデー・アルコール製造に使用される。醗酵は、現在は大半の醸造場が近代的な大型の醗酵槽で行っているが、一部は昔ながらのオークの新樽で醗酵させるところもある。激しい醗酵は2-3週間くらいで終るが、その後3ヶ月くらいはゆっくりと進行して、12月にはアルコール分11-12%の白ワインが出来あがる。ここまでの過程はシェリーの種類と関係無く共通である。 醗酵が終ったワインを、どのようなシェリーにするかを決めるのはボデガ・マスターで、醗酵槽毎にワインをテイスティングして“これはフィノ(Fino)"、“これはオロロソ(Olorosos)"、“これはクリーム・シェリー"と決めて行く。基本的には、軽くてクリーンなワインはフィノやマンサニージャ(Manzanilla)に, クリーンだがボディーのあるものはオロロソにふり向けられる。

4.シェリーの熟成
シェリーを他のワインから大きく隔絶しているのは、何と言ってもその独自の熟成のさせ方にある。その特徴は ア.一般的にワインは酸化を嫌うが、シェリーは樽の中で数年も熟成させ、‘酸化‘された風味を作り出すこと。 イ.フィノでは、この酸化を樽の中のワイン表面に‘フロール'といわれる酵母の膜を張らせて行い、同時にフロール特有の風味を与える。 ウ.熟成をソレラ・システム(Solera System)を使って行う。ソレラ・システムは樽(Butt)が3-4段に積まれた長い列で、一番下の床に接している樽列をソレラと言い、最も熟成の進んだシェリーが入っている。ソレラの語源はスペイン語の'Suelo'(地面の意)に由来する。シェリーを製品にするには、この最下部のソレラから最大1/3程度を抜き取り、濾過・瓶詰する。抜き取った後は、下から2段目の樽列に入っている2番目に古いワインをソレラに移し、同様の作業を順次最も若いワインの段まで行う。この段の樽には、最後に収穫されたぶどうの若ワインが充填される。このソレラ・システムの特徴は、フィノの場合は新しいワインを入れることでフロールの酵母に栄養源を与えてフロールを維持することと、異なる収穫年のシェリーを混合することでシェリーの品質を長期間安定させる意味合いがある。フィノだけでなくオロロソの熟成にもソレラ・システムを使用しているボデガもある。

5.ボデガ(Bodega)
シェリーの熟成が行われる貯蔵庫をボデガという。ヘレスのボデガは壮大で独特の景観を作り出している。ボデガの内部には何列もの樽が並び、高い天井、壁の上部の小さな窓、暗い室内とまるで大聖堂のような雰囲気がある。樽から天井までの間の大きな空間は、ヘレス地方の大きな外気温の変化を和らげる狙いがある。ボデガとボデガをつなぐ通路や広場にはぶどうの樹やブーゲンビリアが植えられ優れたデザイン空間を醸しだしている。

6.シェリーの種類
シェリーにはいくつかの種類があり、下記のように分類される。

ア.フィノ系
フィノは、色調は薄い麦藁色、デリケートできりっとしたブケー、軽くてドライな味わいを持つ。アルコール分15-18%。熟成過程でフロールがワインの表面に膜を張り、ワインを独特の“生物的に酸化"する。アモンティヤード(Amontillado)は、フィノの熟成過程でアルコール度数を上げてフロールの働きを止めたもの。琥珀色で、シャープでドライな味わい。アルコール分は16-20%。マンサニージャは、サンルーカル・デ・バラメーダ地区でつくられるフィノだが、この地方が他の地域とは異なる独特の気象条件をもち、発生するフロールも異なることから、マンサニージャの特定原産地呼称を許されている。非常に薄い麦藁色の色調、味わいはシェリーの中で最もドライでシャープ、軽い。

イ.オロロソ系
オロロソは、熟成時にアルコール分を18%以上にするのでフロールが発生しない。色は琥珀-赤みを帯びた褐色である。香りは芳醇で味もフィノに比べて重厚複雑、まったりしている。味がドライなドライ・オロロソの熟成に使用された樽がスコッチウイスキーに最もよく使われる。

ウ.スイート系
ペドロヒメネスは、ペドロヒメネス種のぶどうを数日間天日に当て糖分を上げてから醗酵させた甘口のワイン。濃い褐色で、干葡萄の重く深みのある味わいである。モスカテルは、マスカット種を原料として同様に作られる。マスカット特有の芳香をもつ甘口のワインである。

エ.ブレンデッド系
ドライなシェリーにペドロヒメネスやモスカテルをブレンドしたワイン。色が薄くほのかに甘いものから、濃い色調で中甘のクリームシェリーなどがある。オロロソをベースにしたHarveyのBristol Creamがその代表格である。

ウイスキー用樽のシーズニング

シェリーウッドで熟成されるモルト・ウイスキー:ヘレスのボデガでドライ・オロロソを詰められ3年以上シーズニングされたシェリーウッドは、スコットランドのモルト蒸溜所でウイスキーを詰められ更に10年、20年、30年と時を重ねる。(SpeysideのMacallan蒸溜所の貯蔵庫)

かって大量のシェリーが英国へ樽で輸出され、英国国内で瓶詰されていた時代には、ウイスキーのブレンダーはこの使用済みの樽と、不足する分はヘレスのボデガからシェリーの熟成に使用された樽を購入してウイスキーの熟成に使用していた。その後、英国内での瓶詰が行われなくなったことや、シェリー業界の縮小もあり、良質のシェリー樽を安定的に確保するのが次第に困難になったので、現在はウイスキー会社が樽会社から新樽を購入し、ヘレスのボデガに委託してシーズニングの後引き取ってウイスキーを詰めている場合が多い。

新樽は多くの場合ボデガでまず1年程度モスト(Mosto)といわれる醗酵が終わった若ワインを詰めておき、その後3年ほどドライオロロソを詰めて熟成させる。この間に樽からはウイスキーにとっては過剰のタンニンや新材臭が抜け、熟成したシェリーが樽にしみ込んでウイスキーの熟成に適した状態になるのである。シェリー樽による貯蔵、熟成に力をいれているマッカラン社では、10万丁以上のシェリーウッドでモルトを熟成させている。良質のシェリーウッドで長年熟成されたモルト・ウイスキーは、魅力的なルビー色の色調、フルーティーで甘い香り、渋みを含んだ奥深い味わいをもち、ゆっくりと味わっているとまさに至福の一刻を感じる逸品である。

1 .Manuel M. Gonzalez Gordon. 「Sherry」 Cassel Lodon, 1972
2. www.sherry.org/ (Consejo Regulador de las Denominaiones de Origin: シェリーの原産地呼称規制委員会の公式サイト)