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稲富博士のスコッチノート

スコッチノート第135章 スペイサイド研修ツアーその3.フォーサイス社とグレントファーズ蒸溜所

フォーサイス社

写真1.フォーサイス社の構内:蒸溜釜、釜のネックやヘッド、コンデンサー等の新品、修理品が取り交ぜておかれている。

グレンファークラス蒸溜所からスペイ川沿いにエルギンに向かって走ると約20分でロセス(Rothes)の町に着く。ロセスは人口わずか1200人程度の小さな町だが、4つのモルト蒸溜所、グレンロセス(Glenrothes)、グレンスペイ(Glen Spey)、グレングラント(Glen Grant)、スペイバーン(Speyburn)があり、町の経済を支えている。ロセスにはもう一つウイスキー産業にとって非常に大事な工場があるが、それが今回ご紹介する蒸溜所の設備メーカーのフォーサイス社(Forsyths Co.)である。

歴史

現在のフォーサイス社は仕込槽、発酵槽、蒸溜設備のメーカーとして世界第一の会社と知られるようになっているが、経営は家族経営で現在のオーナー経営者は4代目にあたる。初代のアレキサンダー・フォーサイスは、1890年の終わりに銅職人のロバート・ウィルソンの見習いとして働き始め、見習い期間が終わってもウィルソンの御用聞きとして1933まで働いたが、同年にウィルソンが引退したので事業を引き継いだ。アレキサンダーが見習いを始めた19世紀終わりは例のパティソンズ事件でウイスキー業界が崩壊した時期で、アレキサンダーは仕事の将来性は暗いと思っていた。

2代目のアーネスト(Ernest)は第2次世界大戦の終わりまで、3代目のリチャードは1960年頃から家業を引き継ぎ、1980年までのスコッチウイスキーの発展に乗って蒸溜釜やコンデンサーの仕事は多忙であった。しかしながら1980年からの10年間、スコッチウイスキーは大スランプの時代で、銅製品の仕事は無く、リチャードは事業の多角化を計り、ステンレス・スティールの加工技術をマスターし、製紙、ガス、オイル、製薬等の業界に供給した。

写真2.ヤードに置かれた発酵槽:ある蒸溜所の増改築の為に受注したステンレス製の発酵槽(容量約15,000リッター)の下半分が置かれていた。

事業の多角化は進めたが、中核事業はやはり蒸溜酒会社への設備の提供である。特に直近の20年は、新しい蒸溜所の建設や、既存設備増改築がスコットランドだけでなく世界的に広がったこと、蒸溜器だけでなく、仕込槽や発酵槽も手掛けるようになって多忙であった。

設備メーカーの仕事

フォーサイスのような設備メーカーでは、受注から据付後の性能確認、アフター・サービスまでは下記のような仕事を行っている。

1.工程設計

新蒸溜所の場合は、目標とする品質、生産能力、コスト、環境対応などを実現するために、原料の受け入れから製品の出荷までの全工程において、どのような設備を使用し、どのような条件で操作するかを設計します。既存の蒸溜所の部分的な改造の場合は、他の工程との整合性を考慮して設計する。

2.設備の設計と制作

工程設計でどのような設備を使うかが決まると、個々の設備を設計・製作する。例えば、蒸溜釜の大きさ、サイクルタイム、加熱方法、コンデンサーのタイプと能力等の仕様を決めて制作する。

3.据付

出来上った設備を蒸溜所に運んで据付を行う。設備が大型で完成した形では運搬できない場合は、部分に分けて現場で組み立てる方法が取られる。

4.中味移動システムと計装

麦芽やグレーン蒸溜所の場合は小麦やトウモロコシ、これらを粉砕したものを移動させるコンベア、仕込み以後は液体を送る配管を行い、工程を管理するコンピューターシステムを装着する。

5.性能確認と引き渡し

設備の据付、配管、計装が終わると、試運転をして工程が正常に作動するか、計画通りの性能が発揮されているかを確認する(Commissioning)。
うまく作動しない時には必要な修正(デバッグ)を行う。これは数か月を要する場合がある。発注者の蒸溜所とフォーサイスのような設備メーカーの双方が納得すると正式引き渡しになる。尚、品質に関しては技術が進んだとはいえ予測が難しく、定量化も出来ないので保証の対象にはなっていない。

6.保守と修理

蒸溜所との契約や依頼によるが、フォーサイスは蒸溜所の保守や必要な修理を行う。蒸溜所は通常夏に一ヶ月程度休止し、従業員の夏季休暇と設備の修理を行うが、この修理の仕事は設備メーカーの大きなビジネスとなっていて、フォーサイスは多くの蒸溜所があるスペイサイドの中心に位置している利点がある。

フルターンキー

2000年代に入るとウイスキー蒸溜所の建設が世界的に盛んになったが、多くのプロジェクトのオーナーがウイスキーの経験がなく、前述の1から5まで全てを一括で行うフルターンキー(Full Turn Key)で提供するケースが増えている。フルターンキーとは工程設計から建設が終わって生産開始の最初に電源のキーを回すところまで全てを設備メーカーに発注することから来ている。

ポット・スティルの手打ち製法(Hand Hammering)

写真3.ポット・スティルの手打ち成型:作業員が手打ちハンマーで成型と表面仕上げを行っているところ。ポット・スティルは、所定の大きさにカットした銅板を曲げて溶接して形を作り、それをハンマリングで仕上げて行く。溶接で成型する技術が導入されたのは第二次大戦後で、それ以前はリベットで留めていた。

ポット・スティルは銅で制作するが、フォーサイスでは釜の成型は昔ながらの手打ちで行っている。理由は、蒸溜釜の大きさや形は蒸溜所で全て異なるので、例えば金型を作ってプレスで制作するのはコスト高になり、どんな形でもサイズでも対応できる手打ちが適しているからである。蒸溜所の設備仕様は、発注者によって全て異なり、設備メーカーの仕事は服屋でいえば“注文仕立て(Made to Measure)”に当たる。

ケイパードニッヒ(Caperdonich)蒸溜所

現在、ロセスの町には4つの蒸溜所があるが、2002年まで操業していたもう一つの蒸溜所があった。ケイパードニッヒ蒸溜所である。オリジナルの蒸溜所は1898年に道路を挟んで反対側にあったグレングラント蒸溜所が、“グレングラント第2蒸溜所”として建てた。折悪しく19世紀末のウイスキー不況で蒸溜所は1902年に閉鎖され、蒸溜所が再開されたのは1965年で、1967年にはポット スティルが4基まで増設され、蒸溜所はケイパードニッヒと命名された。2002年に蒸溜所は隣接するフォーサイス社に売却されて取り壊された。事業が拡大していたフォーサイス社は用地が必要であった。

グレントファーズ蒸溜所

エルギンからA96を南東方向へ30㎞行くと人口約4600人の町キース(Keith)の町に着く。古くから農産物の集積の町であった。この町にはモルト・ウイスキーの蒸溜所が4つある。ストラスアイラ(Strathisla)、グレンキース(Glen Keith)、ストラスミル(Strathmill)と今回ご紹介するグレントファーズ(Glentauchers)で、ストラスミル以外はすべてシーバス社(バランタイン)の蒸溜所である。

写真4.グレントファーズ蒸溜所:所在地はエルギンからA96でキースに向かっていくと、キースの町に入る手前でダフタウンに向かうA920 に入ったすぐの右手にある。チャールズ・ドイグの設計になる典型的なキルン(麦芽の乾燥塔)が残っている。

歴史

グレントファーズ蒸溜所はウイスキーがブームだった19世紀末の1898年にジェームス・ブキャナン(James Buchanan)によって建てられた。ブキャナンはカナダ生まれだったがロンドンへ移り、グラスゴーのブレンダー、ローリー(J.P. Lourie)の協力を得てブキャナン・ブレンドを開発しロンドンで発売した。イングランド人が好む軽めの味わいのブキャナン・ブレンドは大成功で、後にブランド名はその黒いボトルと白いラベルから「ブラック アンド ホワイト」と命名された。蒸溜所はブキャナンのブレンドへモルトを供給するために建設された。

ブキャナンは、グレーンウイスキーの蒸溜業者だった旧DCL(The Distillers Company Limited)が所有していたBig 5ブランド(Haig, John Walker, Buchanan, Dewar, White Horse)の一つであったが、1989年にディアジオ(Diageo)社が誕生した時にアライド・ディスティラーズ社(Ballantine's)へ売却された。蒸溜所は1980年代のウイスキー不況で1985年に休止し、生産が再開されたのはアライド傘下の1992年になってからである。

現在のグレントファーズ蒸溜溜所

グレントファーズ蒸溜所はクラシックな蒸溜所である。原料はノンピーテッド 麦芽、粉砕機は1966年製のポーチャス(Porteus)ミル、仕込槽はラウター型、発酵槽は木桶が6基、蒸溜は初溜釜3基、再溜釜3基で蒸気加熱である。多くの蒸溜所が生産をコンピューターによる制御を行っているなかで、グレントファーズではほとんどの操作を昔ながらのオペレーターによる手動で操作されているので、新入社員にウイスキー作りを体感させるトレーニングに使われている。

写真5.グレントファーズ蒸溜所の発酵室。容量60klの木桶が6基あり、発酵には液体酵母を使用、発酵時間は60時間で発酵終了時の醪のアルコール度数は8-9%である。

蒸溜と省エネルギープロジェクト

写真6.蒸溜室:奥の3基が初溜釜、手前の3基(左端の釜は肩の一部のみ)が再溜釜である。右側にShell and Tube式のコンデンサーが並んでいる。

訪問時に蒸溜所から、Chivas Brothersが地球温暖化対策として取り組んでいる最先端の省エネ技術の説明があり、グレントファーズ蒸溜所に導入された実証プラントの見学ができた。蒸溜所が必要とするエネルギーの80%は蒸溜工程で発酵醪からアルコール分を蒸発させるために消費され、ボイラーで重油を燃焼させて発生する水蒸気を熱源としている。蒸発したアルコールを含む蒸気はコンデンサーへ入り冷却水で冷やされて初溜液や再溜液等の液体に戻り、冷却水は温水となって一部は仕込み水や雑用水として再利用されるが、大半はクーリングタワーで温度を下げて再度コンデンサーの冷却水として循環する。この方式ではボイラーで得られた熱エネルギーの大半は大気に捨てていることになり、エネルギー効率が悪く、重油の燃焼で発生した炭酸ガスは大気に排出されるので地球温暖化の点からも問題である。

そこでもっと効率的で環境にも優しい方法がないかという事だが、既に本稿の第133章のバルヴェニーとキニンビー蒸溜所、第134章のケーン蒸溜所で触れたように、コンデンサーでウイスキーの蒸気を水で冷却して液化するのではなく、水を蒸発させてその潜熱(蒸発熱)で液化し、発生した水蒸気をボイラーからの高温の水蒸気と混ぜて温度を上げ、それをポット・スティルの熱源に利用するTVR(Thermal Vapour Recompression=熱蒸気再圧縮法)が相当数の蒸溜所で採用されている。しかしながらTVRによる熱の回収率は初溜工程だけに応用すると約20%、初・再溜両方に用いると約30%である。

これに対して、グレントファーズ蒸溜所では初溜釜により回収率の高いMVR(Mechanical Vapour Recompression=機械式蒸気再圧縮法)を、再溜釜にはTVRを用いて、蒸溜所全体のエネルギー使用率を48%、炭酸ガスの発生量を53%削減出来た。Pot蒸溜に適した圧縮用のファンの開発と製造はドイツのPiller社が協力した。グレントファーズ蒸溜所のMVRのダイアグラムを下記に示す。

写真7.グレントファーズ蒸溜所初溜工程のMVRフローダイアグラム:コンデンサーの下部から出た熱水と水蒸気はその右下のSeparatorに入り、熱水はコンデンサーにリサイクルされ、80-90℃の水蒸気はさらに右側の直列に繋がった3台のMVR Fansで107℃まで圧縮・昇温されて下部中央のExternal Heat Exchanger(外付けの熱交換器)で醪を加熱する。加熱された醪は初溜釜に入って蒸発する。

Chivas Brothers社はこの方式を2026年までに全13のモルト蒸溜所の可能な蒸溜所に導入してカーボン・ニュートラル(炭酸ガスの排出量と吸収量を実質0にする)を目指している。その為の投資は約6千万ポンド(約120億円)と報告されている。

  • 参考資料
  • 1. Forsyths社のカタログ Specialists in Distillation Equipment Worldwide
  • 2. https://www.forsyths.com/
  • 3. Case Study: MVR Heat Pumps & Thermal Efficiency at Chivas Brothers Distillery
    https://www.renewablethermal.org/piller-chivas-case-study/#:~:text=Explore%20how%20Chivas%20Brothers%20implemented%20innovative%20heat%20pump,in%20Scotland%20to%20increase%20efficiency%20and%20reduce%20emis
  • 4. https://www.piller.de/about-piller/