Ballantine'sBallantine's

Menu/Close

稲富博士のスコッチノート

スコッチノート第134章 スペイサイド研修ツアーその2.ケーンとグレンファークラス蒸溜所

写真1.ケーン蒸溜所から南東の風景:遠方に見える黒い峰がケーンゴーム国立公園(The Cairngorms National Park)の山地部のCairn Gormで, 高さ1,200mを超えるピークが5つあり、その雄大な景観、豊かな自然で知られる。ケーンゴーム国立公園は、山地部だけでなく、平野、渓谷を含む英国内最大の国立公園で、その面債は4,528km²、山梨県(4,465km²)より広い。ケーン蒸溜所は、アヴィモアの町からA95を20㎞程、グランタウン・オン・スペイの町の近くにある。

ケーン蒸溜所(Cairn Distillery)

2022年に一般公開された新しいモルト蒸溜所である。オーナーは、1895年からエルギン(Elgin)で食料品店を営み、後にウイスキーのボトラーとして名声を博するようになったゴードン&マクファイル(Gordon &Macphail)社である。ボトラーというのは、自社蒸溜所を持たないが、有名蒸溜所からニュー・メイクを購入、自社で調達した樽に詰めて熟成してシングル・モルトやブレンデッド・ウイスキーとして販売することをビジネスとする。ニュー・メイクや樽の選定と組み合わせ、熟成に優れた技量を持ち、高品質の製品を強みとしている。尚、ゴードン&マクファイル社は1993年に、エルギンの西約20㎞の町フォレスにあるベンローマッハ(Benromach)蒸溜所を取得して、ボトラーからディスティラーになっていて、ケーン蒸溜所は同社の2番目の蒸溜所になる。

ケーン蒸溜所名のケーン(Cairn)はケーンゴーム国立公園(Cairngorms National Park)のCairn に由来すると思われる。Cairnは今では山道に道標として積まれた石積を意味するが、元のゲール語のCarnが転じたもので、Carnの意味のRocky Hill(岩山)と解する方が相応しいと思われる。

蒸溜所の設計は非常に斬新で、仕込槽1基、発酵槽6基、蒸溜釜6基が同じフロアーに半円形に配置されている。

仕込み・発酵
仕込槽は、ロセス(Rothes)の町にある設備メーカー、フォーサイス社製で、1回に麦芽5トンを仕込み、得られる25klの麦汁を発酵タンクへ送る。発酵タンクはステンレス製で6基あり、緩やかな半円形の壁に沿っておかれている配置が目新しい。

写真2.発酵タンク:ステンレス製の発酵タンクは容量25klの麦汁を発酵させる。発酵時間は3日で醪中のアルコール分は8-9%となる。フロアーに発酵タンクに並行している白い円形の所には、将来増設が必要になった時に発酵タンクが設置される。

蒸溜
発酵の終わった醪はポット・スティルで2回蒸溜する。ポット・スティルの構成は、初溜釜1基に再溜釜2基がセットになり、これが3セット置かれている。

写真3.ポット・スティル:1基の初溜釜(一番左)で蒸溜された初溜液は2基の再溜釜に振り分けられて再蒸溜される。

再溜釜を小さくしているのは、再溜中のウイスキーの溶液や蒸気の釜との接触面積を大きくし、ウイスキー中の硫黄成分とポット・スティルの銅との反応度を上げてクリーンでエステリーなスピリッツを作ることを狙っている。初溜釜のコンデンサーは、前章のバルヴェニーとキニンビー蒸溜所のコンデンサーで述べたTVR(熱蒸気再圧縮法)を採用して冷却水と燃料費の節減を図っている。ケーン蒸溜所は小規模であるが、その設計は最新の技術が用いられている。見学者の受け入れにも積極的で、レストランで出される地産のパン、チーズ、ハムはどれも品質レベルが高い。さすがに高品質のウイスキーで基盤を作ったゴードン&マクファイル社である。

グレンファークラス蒸溜所(Glenfarclas Distillery)

写真4.グレンファークラス蒸溜所の外観:蒸溜所は後方に見えるベン・リネス(Ben Rinnes、標高841m)の北東にあり、周りは広い牧草地が広がっている。蒸溜所はこの山から湧き出る水を仕込みに使っている。左側の建物は蒸溜室で6基のポット・スティルが置かれている。

会社の沿革

グレンファークラス蒸溜所の起源は、18世紀の終わり頃、牛飼い農家のロバート・ヘイ(Robert Hay)が密造を始めた時に遡る。ヘイがライセンスを取ったのは、1844年というから、1823年の新免許法からずいぶん後で、彼は相当筋金入りの密造者だったようである。1865年にヘイは亡くなり、近隣のジョン・グラント(John Grant)が蒸溜所を取得、以後現在までGrant家が6代に亙って経営を続けている。社名のJ & G Grantは、歴代のオーナーが、世継ぎが生まれたら自分がJohnなら長男はGeorge, Georgeの長男はJohn、と交互に変わることを仕来りにしているからである。

会社は2025年で160年になるが、1898年には存続の危機も経験している。グレンファークラスは、1895年に事業の拡大を狙ってエジンバラのリース(Leith)にあったブレンダーのパティソン社をパートナーとしてグレンファークラス−グレンリベット社を設立したが、1898年にスコッチウイスキー史上最悪のスキャンダルと連鎖倒産を引き起こしたパティソン事件(Pattison’s Affair)が起こり、グレンファークラスもあわや倒産の瀬戸際に立たされている。蒸溜所のヴィジター・センターに1基のポット・スティルが置かれている。

写真5.旧Links蒸溜所で使われたポット・スティル:名板に「この1861年製のポット・スティルは、エジンバラのリース(Leith)にあったLinks蒸溜所で1902年まで使われていたが、1978年にスクラップにされかけていたのを、社長だったJohn Grantが購入した」とある。

このポット・スティルのオリジンは不明であるが、Links蒸溜所はウイスキー蒸溜所としての記録がなく、オーナーのメルローズ・ドローバー(Melrose Drover)社の主力製品はジンであったので、ジン・スティルとして使われたようである。Links蒸溜所はリースのミッチェル・ストリート(Mitchel Steer)にあり、かのパティソン社のあったコンスティテューション(Constitution)・ストリートのすぐ先である。ポット・スティル購入の目的は、産業遺産の保全もさることながら、John Grant社長はグレンファークラス最大の危機を招いたパティソン社との合弁事業の事を思い浮べたに違いなく、以後の同社の社訓とも言うべき“自立自尊”のシンボルとしての意味もあったのではないだろうか。

伝統的製法

グレンファークラス蒸溜所は伝統的な製法にこだわる蒸溜所である。工程上の特徴としてまず蒸溜工程は初溜も再溜も加熱を直火で行っている事(因みに、スコッチ・モルト蒸溜所で、直火加熱を行っているのは、キャンベルタウンのスプリングバンク蒸溜所とオールドメルドラムのグレンゲリー蒸溜所であるが、両蒸溜所とも直火は初溜工程のみである事と、共にごく小さな蒸溜所で、グレンファークラスのような大型の蒸溜所で初再溜両方を直火で行っているのはここだけである)、貯蔵熟成も、自社製品用はほぼ全量シェリー樽で行っているが、これもスコッチウイスキーがバーボン樽を大量に用いるようになったのは第二次大戦が終わってからで、それ以前はほぼシェリー樽で行われていたという伝統に従っている。熟成庫のほとんどは伝統的な蒸溜所内の低層の輪木積み貯蔵庫で行っていることがある。これらは蒸溜所の品質レベルとスタイルの維持・向上に効果・効率が高いもので、それ以外の技術の進歩による合理化は取り入れている。

原料麦芽から発酵まで

伝統的な蒸溜所内のフロアー・モルティングは1970年代始めに廃止し、麦芽は自社スペックの軽くピーティングしたものを外部からの調達に切り替えている。粉砕機はスイスのメーカーのビューラー(Bühler)社製の5本ローラー・ミル、仕込槽はセミ・ラウター型(撹拌機の垂直位置が固定式)、直径10mの大型で1仕込み16.5トンを仕込んでも麦層は浅いが濾過に10時間以上の時間を掛けていて、清澄度の高い麦汁を作っている。12基の発酵槽はステンレス製のオープントップ型で、木製のふたには泡消し用のスイッチャー(Switcher)が置かれている。1仕込みから得られる約83klの麦汁は2基の発酵槽に入るが、発酵槽の張込み量は総容量の2/3程度で、1/3はヘッド・スペースであるが、これは清澄麦汁を発酵させる時に起こる高泡を保持する空間である。これだけのヘッド・スペースを空けていても、発酵最盛期には醪が吹きこぼれるのでスイッチャーと呼ばれる回転泡切りを動かす。発酵にはマウリ(Mauri)社のクリーム・イーストを用い、発酵時間は70-130時間、発酵終了醪中のアルコール度数は8-9%である。

蒸溜
スコッチのモルトウイスキーの蒸溜に蒸気加熱が広く用いられるようになったのは1960年以降である。それ以前は長年ピートや石炭が用いられ、1960年以降も直火蒸溜を維持していた蒸溜所も、石炭焚きのコントロールの難しさと労力を避けるために、液化石油ガス(LPG)や天然ガスが用いられてきた。しかしながら、ボイラーで安価な重油を燃料として蒸気を発生させ、その蒸気を熱源として蒸溜する方法は経済性と操作性、安全性に優れ、ほとんどの蒸溜所が蒸気加熱を用いるようになった。

心配は加熱方法の変更が品質にどういった影響があるかと言う点で、グレンファークラスは1967年に一度蒸気加熱を導入しているが、蒸気加熱で蒸溜したニュー・メイクは直火蒸溜の物に比べて力強さに大きな差があることから、元の直火蒸溜に戻した経緯がある。後工程の熟成にフレーバーの優しいバーボン樽でなく、力強いヨーロッパ材のシェリー樽を用いる事も考えると、スピリッツもそれに負けない強靭さが求められるのであろう。直火加熱の問題はコストと現在喫緊の課題となっている環境負荷への対応がある。訪問時の見学コースに含まれていなかったが、情報によるとグレンファークラスでは、直火炉から出てくる高熱の排ガスを熱源するボイラーを設置し、得られる水蒸気を熱源として初溜廃液を濃縮して家畜飼料になる濃縮エキスを製造して、コストと環境負荷の問題を解決しているそうである。

写真6.蒸溜室:蒸溜釜は、張込み容量約24,000リッターの初溜釜と張込み容量約21,000リッターの再溜釜がペアーになっており、それが3ペアー置かれている。初再溜とも天然ガスバーナーによる直火加熱で蒸溜される。

貯蔵熟成
グレンファークラス・シングルモルトの熟成にはシェリー・ウッドが用いられる。グレンファークラスは長年取引関係にあるスペインのへレスにあるシェリーのメーカーから、ドライ・オロロソでシーズニングした樽を調達している(シェリーやシェリー樽に関しては本稿第21章から23章を参照ください)。

写真7.グレンファークラス蒸溜所の貯蔵庫:貯蔵庫の大半はこのような露地、低層で、樽は3段の輪木積みである。説明版には、「No.1貯蔵庫。3,500丁の樽があり、製品にすると81万本のモルトウイスキーになる」とある。

蒸溜所の立地に加えて、このようなタイプの貯蔵庫は庫内温度が安定している。データは示されていないが、ある情報によると見かけの蒸発欠減は殆ど0に近いという。という事は、庫内の高湿度によって、貯蔵中にウイスキー中のアルコール分は湿度と関係なく蒸発するが、水分は揮発するどこらか、逆に庫内の空気中の水分がウイスキーに入り込むことになる。これによって、樽内のアルコール度数は低下して行くが、これは他の蒸溜所、例えばボウモア蒸溜所の第1号貯蔵庫でも見られる現象である。グレンファークラスのように、貯蔵を蒸溜所内の同じタイプの低層の輪木積み貯蔵庫で行っている場合は、熟成の進み具合が一定で、品質の安定性に寄与していると思われる。

経営スタイル

すでに述べたが、グレンファークラスは伝統的価値を重んじ、無理をしない、実践的(Hands-on)な経営スタイルを取っている。オーナー家はかっては蒸溜所内に住んでいたそうだが、いまでもすぐ近くに住み、工場の案内も近代的映像技術は使わずガイドの肉声で行っていて、人間的な温かみを感じさせる。しかしながら、会社は広い意味でのイノヴェーションに無関心という訳ではない。樽出し度数の製品の導入や、一般人への蒸溜所見学を始めたのも業界の先駆けだった。

  • 参考資料
  • 1. Cameron McNeish (2014) FEATURES | MAGAZINE
    https://cairngorms.co.uk/https://www.walkhighlands.co.uk/news/viewpoint-whats-in-a-name/
  • 2. Caroline Lindsay (November 5 2016), The Courier
    Lost distilleries: putting the pieces of Scotland's whisky heritage together
  • 3. https://www.nationalgeographic.com/travel/article/cairngorms-scotland
  • 4. https://en.wikipedia.org/wiki/Cairngorms_National_Park
  • 5. https://www.thecairndistillery.com/
  • 6. https://www.gordonandmacphail.com/
  • 7. https://glenfarclas.com/our-home/
  • 8. https://scotchwhisky.com/whiskypedia/1855/glenfarclas/