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稲富博士のスコッチノート

第115章 新マッカラン蒸溜所

写真1.新マッカラン蒸溜所の外観。東側から見たところで、緩やかに波打っている建物の屋根は、蒸溜所周辺の風景を擬している。

一言で言えば、エーッ!というところである。スペイ川に向かって傾斜している丘の斜面を削って半地下に埋め込んだ蒸溜所は、“宇宙ステーション”とか“ボンド映画の悪役の隠れ家”と言われるほど、世界的な建築デザイン会社のロジャーズ・スターク・ハ-バー・パートナーズ社が担当したデザインは、スコッチ・モルト蒸溜所の伝統的概念を意図的に破壊しに行ったとさえ思われるが、設計者の思いは、来訪者に畏敬の念も込めた感動を持ってもらいたいという事であった。

基本的な構想が明らかにされたのは2012年、それから6年かけて蒸溜所は2018年に完成した。参考資料1に建設記録のビデオや完成後の所内の写真が多数掲載されているので、興味のある方はご覧ください。新マッカラン蒸溜所の建設コストは1億4千万ポンド(約200億円)、蒸溜能力は100%アルコール換算で15,000KLである。

マッカラン蒸溜所の歴史

マッカラン蒸溜所の歴史は1824年に、地方の農家であったアレキサンダー・リードが、現在マッカラン蒸溜所のある地所のうち8エーカー(約32,000m2)を、地主の第5代シーフィールド伯爵から借地して蒸溜所を建てた時に遡る。1824年は、ジョージ・スミスがその前年の1823年に成立した新酒税法(Excise Act 1823)の下で、第一号の免許を取得してグレンリベット蒸溜所を建てているので、マッカランのリードも同じ年にスタートしたことになる。多くのスコッチの蒸溜所と同じで、マッカラン蒸溜所もその196年の歴史の中で幾多の変遷を経て来た。蒸溜所は、19世紀中に数名の手を経ているが、1892年にマッカラン蒸溜所を購入して経営に当たったロデリック・ケンプ(Roderick Kemp)は近代のマッカランの祖と言われている。マッカランと言えばシェリー・ウッドでの熟成が有名だが、スパニッシュ・オークのシェリー・ウッドで熟成したスタイルを確立したのがケンプである。

ケンプは1909年に死去したが、マッカランはケンプ財団が引き継ぎ、1990年代まで経営に関与していた。1824年にMacallanを創立したリードは、大麦を栽培する農地と小さな蒸溜所をつくるために8エーカーを借地して始めたが、1961年にマッカランは370エーカー(約150万m2)のエステート全部を購入した。その中に現在マッカランのシンボルになっているイースター・エルキース・ハウス(Easter Elchies House)も含まれていた。マッカランが購入した時には、1700年に建てられたこの荘園領主の館は、時期は分からないが長年住む人もなく放置され荒廃した状態だったが、会社は1977年に修復し、レセプション・センターとした。マッカランのシングル・モルトの評価が高まり、国内外多くの関係者が訪れるようになったからである。

写真2.イースター・エルキース・ハウス:最初の建物は、1700年にキャプテン・ジョン・グラントが建て、1857年に彼の息子のエルキース卿が大幅な改装を行った。その後いつの時代からか長年放置され、1969年の英政府陸地測量の報告では、“居住者無く荒れ放題。この地方の建物で重要性無し”とされていたが、マッカランの改装により伝統的なスコットランドの雰囲気を伝える素晴らしいものに生まれ変わった。

スコッチ・ウイスキーと言えばブレンデッドと決まっていて、誰も考えもしなかったシングル・モルトを売ることに挑戦したのはグレンフィディックで1963年のことである。マッカランの高品質は、つとにブレンダー仲間に知られていたが、ビジネスの中心はブレンダーに原酒を供給することで、シングル・モルトは地元のボトラーがごく少量を瓶詰めしているに過ぎなかった。グレンフィディックの動きに触発されたかどうか分からないが、マッカランもやや遅れたが1960年後半にはシングル・モルトに注目し、原酒在庫を確保していった。1968年に蒸溜所の拡張と保有原酒が増える中で、マッカランは資金を確保するため株式を公開した。その後の10年ほどの間に、公開されたマッカランの株を購入していったのが、スコットランドのハイランド・ディスティラーズ、フランスのレミー・コアントローと日本のサントリーである。

1996年にハイランド・ディスティラーズはサントリーの持ち分以外の全株式を取得し経営権を得たが、1999年にハイランド・ディスティラーズはエドリントン・トラストが他のスコッチ・ウイスキーと出資する「The 1887 COMPANY」の傘下に入った。当時、ハイランド・ディスティラーズ社は、マッカラン以外にもハイランド・パーク、タムデュー、グレンロセス、グレングラッサ、グレンタレットのモルト蒸溜所と、ノース・ブリティシュ・グレーン蒸溜所を共同所有し、フェイマスグラウス・ブレンデッド・ウイスキーを持つ有力ウイスキー会社になっていたが、同時に世界的な大企業から買収の標的になっており、会社の独立性を維持するための対応であった。

会社の発展に伴ってマッカラン蒸溜所の能力も増強されてきた。1965年にそれまで6基だった蒸溜釜は12基に、1974年に6基追加されて18基に、翌年の1975年には更に3基が増設されて21基になっている。その時点で生産能力は100%アルコール換算 で9,000KL、モルト蒸溜所として有数の規模であったが、長期の計画を見据えて新蒸溜所の建設に踏み切った。スコッチ・シングル・モルト・ウイスキーの販売ランキングの上位3ブランドは、2017年の実績でいうと、1位Glenfiddichの122万C/S (9L/Case), 2位The Glenlivet107 万C/S, 3位がマッカランで91万C/Sであるが、金額では貯蔵年数が長く、高級品が多いマッカランが断然1位である。

蒸溜棟

蒸溜棟一階の入り口を入ると広いロビーで突き当りに受付があるので、そこで見学の手続きをする。

写真3.入り口ロビーの様子。左は受付で、愛想の良い美人が受付けてくれる。なんだか超高級ホテルの受付の感じである。右側の写真は1900年以降瓶詰されたマッカラン製品の保存サンプルで、文化的にも技術的にも貴重な資料である。

工程の見学に2階に上がる。工程は全て2階のワンフロアに配置されているので、作業性が良く、見学も便利である。見学の順路は、工程の順番とは一致していなかったが、ここでは工程順に記述する。

原料の麦芽は、スコットランドの国境に近いイングランド東海岸Berwick-Upon-TweedのSimpsons Maltから調達、仕込み水は場内4カ所のBore-hole (掘削井戸)から得ている。

写真4.仕込槽:イングランドのバートン・オン・トレントに本社をおくブリッグス社(Briggs of Burton Plc)製。1仕込みの麦芽量は17トンで、1回の仕込みが完了するサイクル・タイムは3.5時間、1日に7仕込みを行う事ができる。

発酵と蒸溜は、7基の発酵槽、1基のウオッシュ・チャージャー(発酵が終わった醪の待ちタンク)、初溜釜4基、再溜釜8基、初溜、余溜とスピリッツの受けタンク類を1組にしたポッド(莢とか群れの意味)を造り、そのポッドを3つ並べている。従って、全部で発酵槽は21基、ウオッシュ・チャージャーが3基、蒸溜釜は36基である。

写真5.ポッドの模型:一番奥の少し背の高いタンクがウオッシュ・チャージャー、その他7基は発酵タンクで、1基に1仕込みの麦汁約75KL、7基で1日7仕込み分が入る。蒸溜釜は大きめの初溜釜1基と小さめの再溜釜2基が1セットになり、それが4セット配置されている。

製造工程の基本諸元は下記の通りである。

  • ● 仕込み:仕込槽1基、1仕込み当たりの麦芽量17トン、サイクル時間3.5時間、発酵槽に送られる麦汁量約75KL、やや濁った麦汁をつくる。
  • ● 発酵:ステンレス製発酵タンク21基、酵母はケリー社のクリーム・イースト、発酵温度は初発が21℃で31℃を超えないように温度コントロールされる。発酵時間は60時間で発酵終了醪のアルコール分約9.5%。
  • ● 蒸溜:初溜釜(容量13,000L)が12基、再溜釜(容量4,000L)が24基。蒸気加熱。スピリッツのアルコール度数は70%のナロー・カット(本溜部分の採取量が少ない)。
  • ● エネルギー源:蒸溜所で使用するエネルギーは、近くの廃材を燃料としているSREP(Speyside Renewable Energy Partnership)のコジェネレーション・プラント(高圧蒸気で発電し、その排蒸気を熱源して利用する)から蒸気の供給を受け、蒸溜所で蒸気を使って発生した高温の温水を発電所のボイラーに戻す仕組みを採用している。蒸溜所は予備の天然ガスボイラーをもっているが、通常は廃材ボイラーからの蒸気を使用するので、再生可能エネルギーの使用率はほぼ100%である。

写真6.蒸溜釜の配置:見学フロアーから見た1ポッドにある蒸溜釜群。初溜釜1基と再蒸溜2基のセットが4セット円形に配置されている。中央手前は2基の再溜釜のコンデンサーとその配管、左右のステンレス製のタンクは発酵タンクである。

貯蔵樽

蒸溜されるニュー・メイクの品質も高いが、マッカラン・シングルモルトの真価を高めて来たのはシェリー・ウッドによる貯蔵熟成である。マッカランが使用しているシェリー・ウッドは、自社で調達したスペイン材とアメリカ材の新材のバット(Butt,約500L)をスペインのへレスのシェリー・ボデガと契約してオロロソ・シェリーで3年シーズニングしたものである。マッカラン・シングルモルトには1st Fill(最初の樽詰め)で熟成したもの80%に、2nd Fill(2回目の樽詰め)熟成を20%配合する。シェリー樽は2回しか使用しない。シェリー樽以外バーボン樽も、ファイン・オーク・シリーズに使用しているが、シェリー樽比率が高いので非常に高価につき、マッカランの樽予算は毎年45億円に上る。

写真7.シェリー樽置き場。平均して4,000丁を備蓄している。樽は、隣接している樽詰場で伝統的な63.5%でニュー・メイクが詰められ貯蔵庫へ送られる。マッカランの現在の貯蔵数は約33万樽である。

歴史的に伝統を重んじるスコッチ・ウイスキー業界にあって、新マッカランは革新的である。これだけ革新的だと賛否が分かれ、冒頭に述べた様なコメントも聞かれる。由来マッカランは、その類希な品質の高さから“シングル・モルトのロールス・ロイス”と言われた。現在でも、“世界でもっとも高額なウイスキー”で探索すると、上位に来るのはほとんどがマッカランの古いレア・ボトルか高級限定品であるが、年間販売量90万ケースにもなる主力製品にロールス・ロイスのイメージは合わない。今のイメージ・モデルは、ベンツやBMWといったところだろうか。

  • 参考資料
  • 1. https://www.designboom.com/architecture/rogers-stirk-harbour-partners-rshp-macallan-distillery-scotland-05-22-2018/
  • 2. http://www.fundinguniverse.com/company-histories/the-macallan-distillers-ltd-history/
  • 3. https://scotchwhisky.com/whiskypedia/1879/macallan/#/
  • 4. https://www.speysiderenewableenergy.co.uk/
  • 5. https://www.suntory.co.jp/whisky/macallan/about/