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稲富博士のスコッチノート

第114章 グレンウィヴィス蒸溜所

写真1.グレンウィヴィス蒸溜所から南方を望む風景:蒸溜所は、ベン・ウィヴィス(ウィヴィス山)の南斜面、海抜165mに位置する。周辺は牧畜農場で、牛や羊が放牧されている。

ハイランドの首都、インヴァネスから北へ約23㎞のディングウォール(Dingwall)の町の郊外に、最近操業を始めたごく小さな蒸溜所がある。本章ではこの蒸溜所とこの地方のウイスキー史をご紹介する。

所在地

グレンウィヴィス蒸溜所は、2018年に操業を始めたマイクロ・ディスティラリーである。所在地はグラスゴーから、ほぼまっすぐ北へインヴァネスを過ぎて、ブラック・アイルを横切ったところにあるディングウォールの町から北西に約3㎞のところにある。グラスゴーからは距離にして約290㎞、車で約4時間である。

ディングウォールは、インヴァネスから北へ向かう交通の要所にあり、古くは9世紀にノース(ノルウェーのヴァイキング)が拠点を置いた。中世期には城下町として発展した。1010年にこの地にあった要塞でマクベス王(後にシェイクスピアの劇のモデルになった)が生まれている。12世紀にこの城塞は、この地方を支配していたロス伯爵によって本格的な城に建て替えられ、その規模はスターリン以北で最大と言われた。以後、北コットランドの行政と交易の町として栄え、以前はロス・アンド・クロマティー地区の議会が置かれていた町であるが、今はインヴァネスを含むハイランド地区に統一され議会はインヴァネスに移った。現在、ディングウールの人口は約5,500人、地域のマーケットタウンである。

周辺の蒸溜の歴史

フェリントッシュ(Ferintosh)蒸溜所
ディングウォール周辺のウイスキー蒸溜の歴史は由緒深い。ディングウォールの南、クロマティー湾の対岸のフェリントッシュでは、1690年に時の政府から無税でウイスキーを蒸溜・販売する特権を与えられた地元の大地主でスコットランド議会の議員でもあったダンカン・フォーブス(Duncan Forbes, 1644–1704)が蒸溜を始めた。時代は、ステュアート王朝の再興を図るジャコバイトの蜂起とそれを鎮圧しようとした政府軍の戦乱が続いていたが、常に政府側に付いたフォーブスはジャコバイトの標的になり、フェリントッシュにあったビール醸造所とウイスキーの蒸溜所が焼き討ちされたのだが、その損失に対する補償としてスコットランド政府は、フォーブスに無税でウイスキーを蒸溜する特権を与えた。フォーブスはフェリントッシュにいくつかの蒸溜所を持っていたようだが、盛時の1780年には年間約560kl、シェリー・ウッド換算で1100丁以上を生産したというから相当な規模であり、ウイスキーの人気も高かった。この特権は1784年の醪法(Wash Act)の制定と共に廃止され、蒸溜所も姿を消した。

ロバート・バーンズは、1785年の「スコットランド人の酒(Scots Drink)」の中でフェリントッシュの喪失を嘆いた。

Thee, Ferintosh! O sadly lost!
Scotland lament frae coast to coast!
(フェリントッシュよ、お前は不幸にも消えてしまった。
スコットランドの津々浦々は追悼の声に満ちている)

ベン・ウィヴィス(Ben Wyvis)蒸溜所
ディングウォールの町にも蒸溜所があった。1879年から1926年まで操業したベン・ウィヴィス蒸溜所である。蒸溜所はその名を、ディングウォールの北西に聳える雄峰、ベン・ウィヴィス(ウイヴィス山)に因んでいる。ベン・ウィヴィスの標高は3,432フィート(1,046m)、スコットランドでモンロー(Munro:山の意)と称せられる3,000フィート級の一つである。

図1.ベン・ウィヴィス蒸溜所:1880年中頃この蒸溜所を訪れたアルフレッド・バーナードがスケッチしたもの。背後にベン・ウィヴィス、蒸溜所の諸施設がテラス状に整地された敷地に配置された様子がよくわかる。
Acknowledgement: https://glenwyvis.com/story/

この、オリジナル・ベン・ウィヴィス蒸溜所はなかなか合理的な設計で、山麓を階段状に整地し、その最上部に大麦の貯蔵庫を置き、工程は、順次下のテラスに置かれた発芽床、乾燥炉、仕込み室、発酵室、蒸溜室を経由して、最下部のスピリッツ・ストア(蒸溜されたウイスキーの待ちタンク室)と貯蔵庫へ至る。搬入された大麦は、一旦一番上部の貯蔵庫へ上げておけば、後は重力で工程を移動することが可能だった。原料や樽の搬入、製品の出荷に鉄道の引き込み線もあった。蒸溜所は、1仕込みが約11トン、発酵槽の容量は59kl、初溜釜が18Kl、再溜釜は9klで、冷却器はワームでなく節水型のシェル・アンド・チューブ型であった。省エネルギーの為に蒸溜廃液の熱回収も行われていた。年間約725klを生産した。

すこし話がややこしくなる。その規模や合理性にも関わらず、ベン・ウィヴィスはあまり成功した蒸溜所ではなかったようで、蒸溜所は北アイルランドに本拠を置くザ・フェリントッシュ・ディスティラリー・カンパニーに売却され、蒸溜所名はフェリントッシュ蒸溜所に改名された。このフェリントッシュは前述のダンカン・フォーブスのフェリントシュとは無関係で、かの高名な蒸溜所にあやかろうとしたと思われる。1913年に蒸溜所は後にDCLに併合されるベルファーストのユナイテッド・ディスティラリーズに買収され、アメリカの禁酒法によるウイスキー不況の最中、1926年に閉鎖された。貯蔵庫だけ1980年迄使われたが、その後放置され1993年に取り壊されて跡地は住宅地になった。
1965年に第2世代のベン・ウィヴィス蒸溜所が誕生した。ディングウォールから北東へ約22㎞のインヴァーゴードンには大規模なグレーン蒸溜所があるが、その中に併設されたモルト蒸溜所がベン・ウィヴィスと命名されたのである。蒸溜所は1977年に閉鎖・解体されたが、ポット・スティルはキャンベルタウンのグレンガイル(Glengyle)蒸溜所が購入した。

近隣の蒸溜所
スペイサイドほどではないが、ディングウォール周辺にはかなりの数の蒸溜所が存在する。南西約10㎞には、最近蒸溜能力1万klまで増設されたディアジオ社のグレン・オード(Glen Ord)蒸溜所がある。併設されている製麦工場(ドラム式)も36,000トンの製麦能力があり、同社の北方のモルト蒸溜所に麦芽を供給する。前述したインヴァーゴードン蒸溜所の近くにはダルモア(Dalmore)ティーニィニッヒ(Teaninich)、更に北東20㎞のテインにはグレンモーレンジィ(Glenmorangie)、すぐ北のドーノッホ(Dornoch)には同名のマイクロ蒸溜所がある。何れも個性豊かな蒸溜所である。

グレンウィヴィス蒸溜所

発端
ディングウォール出身で、英空軍のヘリコプター・パイロットをしていたジョン・マッケンジー(John McKenzie)は、2002年の退役後、プライベート・ヘリコプターのパイロットとなり、顧客をスコットランドのゴルフ・コースや蒸溜所へ案内するビジネスをしていた。ヘリコプターで行くのはアイラやオークニーなど都市から遠いところが多かったが、スコットランドの自然豊かな風景の中にある蒸溜所の佇まいを空から見るのは、客もジョンにとっても素晴らしい経験であった。ジョンは次第に、故郷のディングウォールにクラフト・ウイスキー蒸溜所をつくり、町の発展に貢献したいと思うようになっていった。用地は、町の北西約3㎞、ベン・ウィヴィスの山麓に持っていた自分の農地と、175年契約で借りたその周辺の土地を当てた。

蒸溜所名だが、ベン・ウィヴィスはインヴァーゴードンが商標として持っているので使えず、どちらも1926年に閉鎖されたBen Wyvis蒸溜所とすぐ近くにあったGlenskiach蒸溜所からとって、GlenWyvisとした。

写真2.グレンウィヴィス蒸溜所の外観:農場のスロープを整地したところに立つごく質素な建物である。この中に、モルト蒸溜所と貯蔵庫、ジン・スティル、瓶詰設備がある。

クラウド・ファンディング
グレンウィヴィス蒸溜所は小さな蒸溜所といっても、蒸溜所を建て、原料の麦芽や樽を購入し、蒸溜したスピリッツを最低でも3年間貯蔵するには数億円の資金が必要になる。マッケンジー氏と他の発起人は、この資金を主として地域のコミュニティーからクラウド・ファンディングで募ることにした。1株の価格の£250(約3万8千円)が最低の投資額である。2016年の第一回目の募集は77日間に2、200人から応募があり、約4億円が集まったが、出資者の60%はこの地方の郵便番号IVの地区に居住する人達であった。グレンウィヴィス蒸溜所がコミュニティー蒸溜所といわれる所以である。資金の目途がついたので、2017年の1月から建設が始まり、11月に完成した。クラウド・ファンディングは継続し、昨年4月迄に約1,500人から1億円以上の出資があり借入金への依存度を下げることが出来た。

蒸溜所の概要
蒸溜所の規模は、マイクロ・ディスティラリーと言ってよい小さなものだが、設備は第一級のメーカーから入れていて、粗末ではない。概要は下記の通りである。

  • ● 水源:仕込み水、冷却水とも場内の井戸
  • ● 麦芽:ノン・ピーテッド
  • ● 仕込槽:1仕込み0.5トン、フル・ラウター(攪拌機の位置を調整できるもの)、清澄麦汁を採取
  • ● 発酵槽:ステンレス製、総容量4,000リッター(仕込み量は2,500リッター)6基、発酵時間72時間以上
  • ● 初溜釜:張り込み量2,500リッター、シェル&チューブ型コンデンサー
  • ● 再溜釜:張り込み量1,700リッター、シェル&チューブ型コンデンサー
    スピリッツのアルコール度数は68-70%
  • ● 貯蔵:主としてバーボン樽、樽詰度数は63.5%、貯蔵庫は輪木積

写真3.蒸溜釜:奥が初溜釜、手前が再溜釜である。再溜釜のボール・ヘッド、やや上向きの長いライン・アームは、蒸溜中のウイスキー蒸気と釜の銅の接触度を高めグラッシー(Grassy:若草様)なスピリッツができる。

ジン
蒸溜所はジンも蒸溜している。新設されたウイスキー蒸溜所を経営して行く大きな課題の一つは、ウイスキーは蒸溜しても最低3年間熟成させる必要があり、その間販売収入が一切無く、資金繰りが付かないと行き詰ってしまう。手元資金が潤沢、あるいは別途収入があって10年間ひたすらウイスキーを作り続けるという蒸溜所もあるが、多くは資金繰りの一助に、ニュー・メイク・スピリッツやジンやウオッカを販売している。幸いなことに、世界的にクラフト・ジンが大人気なので、多くのクラフト蒸溜所がジンを手掛けていて、GlenWyvisもHighland Ginの製造・販売を行っている。

ジン製造の諸元は下記の通りである。

写真4.ジン・スティル:張り込み量400リッター、高さは3.4mある。ボタニカルの配合と蒸溜条件は左記の通りである。

  • ● ボタニカル:ジュニパー・ベリー、オレンジとレモン・ピール、コリアンダー、シナモン、ニオイアヤメの根、地元で採れるサンザシの実等。
  • ● ベース・スピリッツ:グレーン・スピリッツ。アルコール度数を55%に調整したスピリッツをジン・スティルに入れ、ボタニカルを加えて24時間浸漬する。
  • ● 蒸溜方法:まず、前溜を30リッターとり、次いで製品になるアルコール分75%の本溜区分を250リッター採取、最後に後溜を取り、前溜と合わせて次回の蒸溜で再蒸留する。

ジンのタイプとしては、フレッシュ、フルーティーなフル・ボディ・タイプという。

グリーン・ディスティラリー
コンセプトの段階から、蒸溜所が基本方針としたのは環境に優しい蒸溜所で、エネルギーは100%再生可能エネルギーを利用する。ボイラーは、廃材のチップを燃料とし、電力はウインド・タービンとソーラー・パネルで発電する。糖化粕は家畜の飼料にし、蒸溜廃液は肥料として牧草地に散布している。このような対応は、遠隔地の農村地帯にある小規模な蒸溜所という立地条件を上手く生かしていると言える。

グレンウィヴィス蒸溜所は、地元のコミュニティー主体となって資金を出し合い創業した蒸溜所として注目を集めた。又、自然に優しい蒸溜所というコンセプトも社会に支持されている。市場環境も、ウイスキーやジンのクラフト蒸溜所人気もあって現在は良いが、今後の事業環境の中でチャレンジして行く課題も多いと思われる。

  • 参考資料
  • 1. Barnard, Alfred (2003 edition) The Whisky Distilleries in the United Kingdom. Birlinn Limited
  • 2. https://glenwyvis.com/
  • 3. https://en.wikipedia.org/wiki/Dingwall
  • 4. https://www.undiscoveredscotland.co.uk/dingwall/din、gwall/index.html
  • 5. https://scotchwhisky.com/magazine/whisky-heroes/19844/the-forbes-family-of-ferintosh/
  • 6. http://www.whisky-distillery.net/www.whisky-distilleries.net/Highland_North/Seiten/Glen_Ord_Maltings.html
  • 7. https://www.crowdfunder.co.uk/the-glenwyvis-open-share-offer
  • 8. https://glenwyvis.com/gin/