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稲富博士のスコッチノート

第2章 Peatの話

永年にわたって形成されたピート湿原はスコットランドの代表的な景観の一つ。この下に眠るピート層の厚さは数十cmから数mにもなる。

スコッチウイスキーの最も特徴的な味わいの一つは、"smoky"(煙っぽい)とか"peaty"(ピート様)とか表現されるが、この風味はモルトウイスキーの原料となる麦芽を乾燥させる時にピートを燃やすことに起因する。今回はこのピート(peat)のお話である。

樹木がなく、どこまでも広がる荒涼としたピート湿原 (Peat Bog)はスコットランドの代表的な景観の一つだが、このような湿原の多くが比較的近年の今から数千年以降に形成されたと考えられている。約10万年続いていた最後の氷河期が終わり、現在我々が住んでいる間氷期が訪れたのは約1万年前である。厚い氷のシートに覆われていたスコットランドでも氷河が去り大地が姿を現した。その後数千年間は現在よりも温暖な気候が続いたので樹木が生育し、スコットランドの50-60%は白樺、樫、楡、松などの樹木に覆われた壮大な森林であった。その後この森林は急速に失われてしまい、現在の自然林面積は1-2%程度にすぎないが、こうなった理由は(1)気候の低温化、(2)人による破壊、(3)アイスランドの火山爆発による酸性雨と考えられている。一度樹木が失われると土地は痩せ、冷たい雨と湿潤な条件に生育したのはコケ類、ワタスゲ、葦等とその上に生えたヒース等。これらが年々堆積して行き、空気に触れない条件下でゆっくり分解し炭化したものがピートである。ピート層の厚さは数十cmから数m、生成速度は100年で数cm程度と推定されているので、地表から2-3m下のピートは4-5千年前に生育していた植物のものだ。

ピートはL字型の鍬で地中から切り取るようにして掘り出される。掘り出したあとに鍬の形が残っているのが分かる。

スコットランドやアイルランドではピートは長年家庭で、又ウイスキーをつくる時の燃料として利用されてきた。まず、春から夏にかけて地中のピートを掘り出す。長さが1m程、L字型をした鍬でピートを切り出すが、切り出されたピートは黒褐色で80%以上の水分を含み、一見水羊羹の化け物のような様相である。これを地表に広げ数ヶ月乾燥すると水分が半減し燃料として使用できるようになる。

伝統的にはピートを赤々と燃やして麦芽を乾燥させた。このときに立つ香ばしい燻香が、独特のフレーバーを与える。

以前は麦芽の乾燥はピートだけを燃料として行われていたが、現在では主熱源として用いられる事はなく、専らウイスキーに"ピーティー、スモーキー"なフレーバーを付ける為に使われる。ピートを燃やす(燻すに近い)時期は麦芽が半乾きの状態が好適で、使用量はどの程度ピート臭を強くするかによる。ピート臭は、煙っぽい、病院のような、薬品的、海藻様等と表現されるが、これらの匂いを与えているのは麦芽に付着した燻煙中のいくつかの化合物である。主としてフェノール類といわれる化合物であるが、これらの濃度や比率、他の香気成分の違いにより、同程度の強さのピート臭でも風味は随分異なっている。LaphroaigとLagavullinを飲み比べて頂くとよくお分かりと思う。

ピート臭のフェノール化合物(例)とその匂い

最近はあまりピート臭の強くないモルトウイスキーが主流だが、Laphroaig、Bowmore、Lagavullin, Ardbeg等のIslay Maltは強いピート臭を持ち、その個性的な味わいが高く評価されている。これらのモルトをストレートか、ごく少量の水だけ加えて"香を開かせ"、ぐっと飲るとスコットランドの大地の味が口中に広がり、勇気が凛々と湧いてくること間違いない。ピートに乾杯!