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稲富博士のスコッチノート


第1章 スコットランドの地理と気候

日本では一般的に英国と言われている大ブリテン島の北部約1/3と周辺の数百の島々からなっている。南のイングランドとの境界はチェヴィオット山地に沿った"国境"である。ほぼ北緯54度から61度の間に位置していて、北緯66度33分の北極圏はもうすぐだ。首都エジンバラやグラスゴーは北緯約56度にあり、同じ緯度を東に辿るとデンマークのCopenhagen, ロシアのMoscowがあるが、日本の北海道やサハリンより遥か北、カムチャッカ半島の中央部を横切り、アラスカのやや南を過ぎてカナダの中央部に達する。この緯度のカナダにめぼしい都市はない。


面積約7万9千平方キロは日本の北海道とほぼ同じであるが、全面積の3/4が沼やヒースと石ころだけの岩山でほとんど不毛である。地理的には北方ハイランドと西方の島々、中部ローランド、南方高地に分けられる。ハイランド地方は氷河時代に氷河の侵食を最も激しく受けた地域で、数々の谷、湖、複雑に入り組んだ海岸、礫土に覆われた荒涼とした岩山、ピートに覆われた湿地等、特有の景観が見られる。中部ローランドはハイランドと南方高地に挟まれた地域が陥没で出来た低地帯であり、スコットランドの主要都市、人口、産業が集中している。最も南の南方高地はなだらかな丘陵地が多い。


スコットランドの気候は緯度からは寒冷地に属するが、大西洋を北に向って流れる温暖なメキシコ湾流とその上を南西から吹いてくる風のお陰で冷涼な西岸海洋性気候である。 一月の平均気温は西海岸で4-5度、東海岸では3度くらいであるが、ハイランドではさらに下がって零度に近い。夏は北では12度、南では15度くらいで涼しく過ごし易い。 年間降水量は西海岸で多く1300mm程度、東岸はこれより少なく数百mmにとどまる。気候のもう一つの特徴は"変化が大きい"事である。 夏冬問わず暖寒、降水量は大きく変わるし、"一日の中に全ての気候がある"と言われるほどである。 私のEdinburghでの経験だが、8月でもストーブが要る時があり、8月中頃から行われるEdinburgh FestivalのMilitary Tatooを見る時は、アノラックと膝掛け毛布が要る。 高緯度にある為夏は日が長く、反対に冬はほとんど日が昇らない。ゴルフのスタートは、夏は午後6時で悠々と1ラウンドできるが、冬の最終スタートは午後1時であった。


このように、スコットランドの風土は厳しいが、実はこの風土こそがスコッチウイスキーを生出したと言える。 冷涼な荒地はウイスキーに不可欠なピートを堆積し、西風がもたらす雨雪は花崗岩に浸透し、ピート層を抜けてウイスキーマンがウイスキーの仕込みに最適と言う茶色い"Peaty Water"となる。 スコットランドの多くの川の水は褐色を帯びている。地方でバーに行けばウイスキーの水割り用にカウンターに置いてあるジャグの水は茶色で、 最初はこんな水は口に入れて大丈夫かなと心配したが、地元の人は"ウイスキーを割るにはこれがベスト"と自慢げだった。 それにしても、ホテルのバスタブに張ったお湯がウーロン茶のように真茶色だったのには驚いた経験がある。 夏の長い日照時間は収穫前の大麦にとって実が太るには最適だし、海洋性の気候の下で栽培された大麦は製麦の時に"溶けやすく"、柔らかな麦芽に仕上がる。 モルトウイスキーの仕込みは、粉砕した麦芽を温水と混ぜ合わせるだけの簡単なInfusion法で行われるが、柔らかい麦芽でないとこのこの方法には向かない。 夏と冬で温度差の少ない気候はウイスキーを穏やかに熟成させる。 やはり「酒は風土の産物」である。