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稲富博士のスコッチノート

第67章 「厳冬のウイスキー・フェスティバル - リンシェーピン」

リンシェーピン大聖堂:12世紀には、この場所に小さな石造の教会が建てられ、その後13世紀から建造が始まったこの大聖堂の完成には300年を要した。

ヨーロッパ各地でウイスキー・フェスティバルが盛んである。中でもスウェーデンには、3大フェスティバルと言われるストックホルム、エレブリュ(Orebro)、リンシェーピン(Linkoping)のフェスティバルがあり、規模は大きくないもののその他のいくつかの市町でも開催されている。一部は氷結しているバルト海を航行する大型観光船上のウイスキー・フェアは冬の風物詩にもなっている。そのフェスティバルの中でも最も歴史が古いとされているのがリンシェーピン・ウイスキー・エクスポである。2月初めの厳冬の中で行われるこのウイスキー・フェアに行った。


リンシェーピン

コペンハーゲンから乗ったサーブ340型機。室内乗務員を入れて34席のこの飛行機はカタカナで"ヒコーキ"と書きたい趣が残っている。スウェーデンの自動車と同じように、セクシーさには欠けるがいかにも堅実そうな感じではある。

スウェーデン中南部の都市リンシェーピンは、10世紀以前からのマーケット・タウンだったが、12世紀からは司教座が置かれた教会を中心に発展していった。現在の人口は10万人強、最大の産業は航空機や自動車で有名なサーブ(Saab)社で、リンシェーピン大学は技術系に優れた大学として有名である。

スウェーデン中南部にあるこの都市に行くには、いつもはストックホルムから約2時間かけて電車で行っていたが、今回はコペンハーゲンから飛行機で行く事にした。折からヨーロッパは大寒波に見舞われ、パリ、ロンドン、アムステルダムなどの主要空港が麻痺状態だったので、飛行機が予定通り飛んでくれるか心配だったが、無事スケジュール通りに到着した。到着したリンシェーピンのごく小さな飛行場は、町までタクシーで10分の便利さであった。


オーガナイザー

エキスポの主催者ケネス・リンドブラッド氏(右)。左のペッター・ベルグルンド氏はサントリーやボウモアのスウェーデンの代理店の営業部長。身長205cm、体重160㎏で大相撲の‘把瑠都’並みの巨漢だが、心根は優しい。

近年、多くのウイスキー・フェスティバルが世界各所で開催されるようになったが、リンシェーピン・エクスポは今年で第9回目を迎え長い歴史を持つ。一日目は、土曜日の夕方から24時まで、二日目は日曜日の午後から夕方までと、夕方から23時までの2回に分けて開催され、3,000人を超える入場者がある。オーガナイザーのケネス・リンドブラッド(Kenneth Lindblad)氏は、近郊の町のホテル・オーナーで大のウイスキー好き、20年前からスウェーデンで最も古いウイスキー・クラブを主宰してきたが、高じてウイスキー・エキスポをオーガナイズするようになった。

オーガナイザーの役割は、一言で言えばフェスティバルの企画と運営だが、会場を予約し、メーカーやメーカーの代理店、その他関連業界にスタンドの出店やマスター・クラスの開催を要請、一般消費者やプレスにフェスティバルを告知して来場を呼び掛ける。営業的には、入場者の入場料、出店メーカーや代理店等の出店料、入場者がスタンドで試飲した代金の一部、マスター・クラスへの参加費が主たる収入になり、会場費、広告・告知の費用、入場者に手渡すグラスなどのキットが出費となる。いかに良い企画と運営を行って来場者を増やすかと、来場者や出展側の満足度を獲得するかが成功の鍵となる。


出展企業

ぺルノー社のスタンド:ぺルノー社のスタンドではバランタイン、シーバス、ジェームソン、ザ・グレンリベット等多くのブランドを取り揃えていた。

出展するメーカーや代理店は、スタンドを設営、スタンド担当のスタッフを派遣し、試飲用のウイスキーを準備して来客の求めに応じて試飲ウイスキーを提供する。試飲の仕組みは飲み過ぎ、酔っ払い防止のため有料で、試飲する人は予め購入しておいた試飲券で支払う。代金の例を上げると、いずれも20ml当たりサントリーの山崎12年が30クローナ(360円)、18年が80クローナ(960円)、響17年が60クローナ(720円)である。

スタンド担当者やメーカーから来たウイスキー・アンバサダーの最重要任務は、スタンドを訪れた来場者にウイスキーの試飲を勧め、要領よく自社商品の特徴を説明して共感を得ることである。又会期中、各メーカーや代理店は自社製品についてのマスター・クラス(特別セミナー)を開催しファンの獲得に努めるのである。


来場者

開場を待つ人の行列:エキスポ会場には開場の20分くらい前から外気温零下12度の中行列が出来た。

来場者の大半はウイスキーに関心がある消費者であるが、酒販店、バー、レストラン等の流通関係者、業界関係のプレスなども訪問する。スウェーデン人のウイスキー好きは有名だが、真冬の寒さの中開場の2-30分前から行列をつくるほどの熱心さである。一般来場者は入場料(約2,300円)を支払ってテースティング・グラスを受取り、試飲券(トークン)を購入して各スタンドを回って、自分が興味のウイスキーを試飲する。あるウイスキーやメーカーに特に関心があれば、そのマスター・クラスに参加する。

来場者は、ほとんど夫婦、友人、ウイスキー・クラブの仲間、バーやレストランの同僚などの小グループで来場し、一人で来る人はあまりいない。スタンドで試飲のウイスキーを購入する時には、"蒸溜所はどこにある?、原料のフェノール値は?、樽材は何?、このウイスキーのフレーバーはどう表現するのか?"等々熱心に質問する。


繁忙時会場は来場者で一杯になる。皆酒に強く、平均して10杯程度(200ml)試飲していると思われるが酔客はいない。

飲み方はほとんどがストレートで、水を入れる場合でも香りを開く為ほんの数滴垂らすだけである。香りを嗅ぐと、ストレートを口に含み、もぐもぐと口中に広げてから息を鼻から抜いてフレーバー全体を感じてから飲み込み、最後は後味を確認する。ウイスキー・テースティングの手順である香り(aroma)→味(taste)→香味(flavour)→後味(aftertaste)をきちっと踏んでいるわけである。自分が気に入ったウイスキーはすぐ人に吹聴するらしく、"何々を飲みたい"と同じウイスキーの注文が続くことも多い。


サントリーのスタンド:"これは一体何だ?"という表情でやって来る人が多いが、一口含むと急に笑顔になり"Very good!" 。作り手、売り手にとって嬉しい瞬間である。

観察していると、何人かのグループの場合、試飲しながら延々と議論が続いているが、それにしても、中年以上で立派な風格の紳士数人がウイスキーの味わいについて真剣に議論しているのはすこし滑稽な感じがしないでもない。まあ、そこがウイスキーのもつ奥深さだろう。シングル・モルトやプレミアム・ブレンドに限られるのだろうが、飲んでいる酒を肴(話題)にしながら飲めるウイスキーは不思議な酒で、こんな酒は多くない。蒸溜酒で世界最大の消費量はウオッカが占めるが、ウオッカでは味や薀蓄を語りながら飲むことは難しいだろう。人々は、香味に限らず、そのウイスキーの起源、歴史、蒸溜所、原料、製法、サイエンスや有名愛飲者、文学、音楽、映画などそのブランドにまつわる種々のエピソードまで話しながらウイスキーを楽しんでいるのである。本当のプレミアム・ウイスキーとは品質が極上であるだけでなく、いかにこれらの要素を豊富に備えているかに依る。


スウェーデン人のウイスキー熱

スウェーデン・ボックス・ウイスキーのスタンド:2010年にスウェーデン北部、アダーレン(Adalen)の古い発電所跡を改造して蒸溜所にした。有機栽培大麦や自然エネルギーの利用など、いかにも北欧らしい。

"スウェーデン人ほどウイスキー・マニアックな人種はいない"、と言ってほぼ間違いないだろう。何しろ、全国に数百を超えるウイスキー・クラブやソサエティーがあると言われ、その内約150クラブがスウェーデン・ウイスキー連盟(Swedish Whisky Federation)に登録している。連盟下の会員数は6500人、各地のクラブでは2-3ヵ月に一回ウイスキー・テースティングや勉強会を開き、ウイスキー・フェアへの参加、蒸溜所見学等の活動を行っている。会のロゴをデザインし、ロゴ入りのシャツ、バッジやクラブ旗までつくる熱の入れ方である。特筆すべきは、これらのウイスキー・クラブは全て個人の自発的同好会で、商業的要素が無いことである*。

ここまで熱が入ってくると、一般消費者のウイスキーに対する知識、品質評価能力は半端でなく、ウイスキー・テースティングを主導できるレベルの人は多数、"Japanese Whisky"の著者ウルフ・バックスルッド(Ulf Buxlud)氏や、"Malt Whisky Year Book"の編集者のイングヴァール・ロンド(Ingvar Ronde)氏のようなプロが輩出してくるわけである。そしてとどのつまりが、プロ級の知識や品質評価能力にとどまらず、自分で作って見たいとなるのは当然で、いずれも規模は小さいものの今やスウェーデンには12もの蒸溜所があり、日本より多い。スウェーデンのウイスキーに対する関心の高まりにウイスキー・フェスティバルの果たした役割は大きい。


*スウェーデンは、酒類の家庭向けの小売は全て国営のシステムボラゲ(Systembolaget)が行っているので、小売が民営化されている国でよくある酒販店が主宰するウイスキー・クラブは存在しない。

参考資料
1.http://en.wikipedia.org/wiki/Link%C3%B6ping
2.http://www.linkopingsdomkyrka.se/english.asp
3.http://www.buxrud.se/whisky.htm
4.http://www.maltwhiskyyearbook.com/
5.http://chwisgi.com/distillery/?country=Sweden
6.http://blog.thewhiskyexchange.com/wp-content/postpics/adalen_destilleri_ab.pdf