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稲富博士のスコッチノート

第63章 ドランブイ・ストーリー その3.ドランブイの今

ドランブイは、1893年にスカイ島南部の田舎町ブロードフォードのホテルでフランス伝来のレシピに基に始り、その後エジンバラでカラムとジーナの手で世界的なブランドへ発展したことは前2章で述べた。今回はドランブイのその後と今についてである。

試練と改革

ドランブイ新カクテルの例: ドランブイ、ピーチ・リキュール、パイン・アップル・ジュース、フレッシュ・レモン・ジュースをシェークしてアイスを入れたタンブラーに注ぎ、オレンジとミントでガーニッシュ。
ドランブイとピーチの甘い香りに、ドランブイのハーブとレモンの酸味が上手くバランスした美味しいカクテルだった。このカクテルの名前はまだ無い。(グラスゴー・ブライツウッド・ホテルにて)

世の中、どんな事でも良い状況が何時までも続くことは滅多に無い。最盛期にはアメリカを中心に世界で75万ダースの売上を達成し、高品質リキュールのトップ・ブランドの1つに成長したドランブイだが、その後低迷期に入り90年代以降には試練の時期を迎える。独自のスタイルを持つ高品質は変わらなかったが、嗜好がドライ化した事、このカテゴリーへの大手の進出もあり競合が激化した事、消費の中心だった世代が高齢化した事等、これらの状況の中で伝統的な食後酒としての需要だけでは限界があったのである。経営の安定化に向けた多角化も逆に足を引っ張った。

この事態に対してドランブイ社は思い切った改革を実行した。会社は多くの株主に分散していた株式を買い戻して経営の意思決定をやり易くし、経営の実務は外部から強力なマーケティングのベテラン社長*を招聘して経営を一任した。商品のドランブイのポジションも、伝統的なハイ・エンドのレストランの食後酒だけでなく、若い世代の消費者をターゲットに大きくシフトさせた。具体的には、ボトルを簡素でシャープなデザインに変更、新しい感覚の新しい飲み方としてドランブイ・カクテルを開発し、広告活動も従来の‘ボニー・プリンス・チャーリー由来の秘法によるスコットランドの伝統的リキュール’一辺倒から、カクテルとその飲用機会の提案、若者向けのイベントの開催に力を入れた。この辺りはドランブイ社のウェブサイトをご覧ください。

ドランブイの生産

生産も新しいやり方に変更した。自前の工場をフルに抱えるより、ブレンドとボトリングに優れた技術を持つ会社に委託することにしたのである。現在ドランブイのブレンド・瓶詰を引き受けているのはグラスゴーにあるモリソン・ボウモア・ディスティラー社(Morrison Bowmore Distiller=MBD)である。スコッチ・シングル・モルトのボウモア、オーヘントッシャン(Auhentoshan)、グレンギリー(Glengarrioch)を所有していることで知られている。尚、製造はMBD社が行っていても、ドランブイに必要な各種ウイスキー、液糖、それとフレーバーの核心であるエッセンス等の準備と品質管理はドランブイ社が直接行っている。そのMBD社におけるドランブイの製造現場を取材した。

ウイスキー

主力のドランブイ・オリジナルのベースになるスコッチ・ウイスキーは5年以上熟成したブレンデッド・ウイスキーで、香りのドレスアップ用に十数年以上のウイスキーを一部配合する。モルト・ウイスキーはクリーンでフルーティーなスペイサイド・モルトと温和なローランド・モルトを選び、熟成樽は熟成すると穏やかで甘い感じのクリーム、ココナッツ・バニラ等のフレーバーを出すアメリカン・オーク樽である。個性の強いアイラ・モルトやシェリー樽熟成のウイスキーは用いない。ウイスキーと樽は全てニュー・メークを購入して熟成も自社管理をすることを基本としている。

ウイスキーの払出し

払出し場に整列した樽:ドランブイのベースになるのは熟成したスコッチ・ウイスキーである。ウイスキーを樽から払い出す前に樽を並べ、栓を抜いたところ。

使用するウイスキーの樽は、一回に払出す樽を数列の払出しトラフ(Trough=樋)の上に整列する。その樽の栓を抜き、ウイスキーの品質を1樽、1樽全樽について検査するが、その任にあるのが原酒在庫と品質管理を担当するデレック・マキナリー氏(Derek McInally)である。この道30年のベテランで、ウイスキー会社のマスター・ブレンダーに当たる。

ウイスキーの品質チェック:ウイスキーは樽から払いだす前に1樽、1樽全樽のウイスキーの品質をチェックする。チェックしているのは原酒在庫担当マネージャーのデレック・マキナリーさん。

マキナリー氏が持っているのは、長さ40cm、直径1cmほどの銅製のパイプで握り手の上部に小さな穴のあるスポイト、500mlほどの純水の入ったプラスティックのジャー、それとテースティング・グラスである。まずスポイトを樽孔に入れ少量のウイスキーがスポイトへ入ってところで握り手の上にある穴を親指で押さえてスポイトを引き揚げ、中のウイスキーをテースティング・グラスへ注ぐ、そこへジャーの水をシュッと加え、グラスをくるくるっとスワールしてノージングをし瞬時に品質を判断する。グラスのウイスキーを樽へ戻して検査完了である。この間数秒間の早業であった。ウイスキーのニューメイクと樽の品質管理が徹底している現在、不良ウイスキーは滅多に出ないが、出た場合は税務署の許可を得て廃棄するそうである。

品質チェックが終わりマキナリ―氏のOKが出たらトラフの上の樽を樽孔が下になるよう回転させ、ウイスキーをトラフの中に払い出す。トラフのウイスキーはポンプでタンクに送られる。

エッセンス

ドランブイ・エッセンスの調合器:ドランブイのエッセンスは、エッセンス・ルームで極秘のレシピに従ってこの容器で調合され、ブレンド工程でウイスキー他の成分と混合される。

ドランブイにとって最も重要なエッセンスは、ブレンド作業場に隣接するエッセンス・ルームで調合される。エッセンス・ルームは銀色の頑丈なドアで守られ、ここにはマキナリー氏と生産担当役員のスティーブン・ブラック氏しか入室出来ないが、特別の計らいで見学させてもらった。当然だが写真撮影は禁止である。部屋の大きさは100平方メーターくらいか、中央に化学の実験台のような台があり配合のテストやノージングに使う。部屋の奥の壁には十数の、丁度銀行にある貸金庫の大型のようなロッカーが2段に嵌め込まれていて各種の原エッセンスが保管されている。ドランブイのブレンドに必要なエッセンスは、このロッカーから取り出した原エッセンスをレシピに従って調合する。調合には写真にある一風変わった形の調合器が使われる。

ブレンド・瓶詰

ドランブイのブレンド・タンク :ドランブイの最終ブレンドはウイスキー、シロップ、蜂蜜、エッセンスなどを樽の後方のブレンド・タンクで混ぜ合わせる。

ブレンドに必要なモルトとグレーン・ウイスキー、液糖、ハニー、エッセンスが揃ったところでこれらをブレンドする。ブレンド作業はコンピューターで制御され、どの原料も予め設定された量が設定された順序に従ってブレンド・タンクに投入されて行く。作業の状況はコンピューター画面に表示され、作業がどのように進行しているか一目で分かるようになっている。250年の歴史を誇るリキュールだが現在の作業には最新のプロセス技術が使われている。

ドランブイの瓶詰:ボウモア社の瓶詰ラインでドランブイが瓶詰めされている様子。ラインには最新の技術が採用されている。

全ての原料が投入されると均一になるようよく攪拌する。ドランブイは糖分が35%あって粘調なので十分に撹拌する。色調を調整し品質をチェックするがこの部分はブレンダーの感覚に頼るしかない。ブレンドが終わったドランブイは所定の期間タンクで寝かせてから濾過し瓶詰される。モリソン・ボウモア社のボトリング室ではボウモア、オーヘントッシャン等のシングル・モルトの瓶詰も行っているので、混入等の事故を防ぐためドランブイの瓶詰は専用ラインで行っている。

新製品

ドランブイ3姉妹:左から「ドランブイ・ロイヤル・レガシー・オブ1745」、この製品は免税ショップの限定製品、「ドランブイ」と「ドランブイ15」。
「ドランブイ15」も現在は数量限定だが、将来は広く販売される予定。

発売以来120年近くドランブイ一本槍だったドランブイ社だが、会社がエジンバラへ移った1909年から100年を経た2009年に100周年を記念して初めてドランブイの新製品を発売した。「ドランブイ・ザ・ローヤル・レガシー・オブ1745」である。ベース・ウイスキーは100%15年以上熟成のモルト・ウイスキーで、その他の成分のシロップ、エッセンシャル・オイルもより高品質なものを使用する。ブレンド後は伝統的な樽で寝かせて、香立ち、味わいを向上させ、全てのフレーバーが渾然一体となることを図っている。アルコール度数は46%、穏やかなスパイス、柑橘様、トフィー、モルト・ウイスキーのオークとバニラの香りがあり、味は非常に滑らか、エキゾティックなスパイスと柑橘系のフレーバーが口中に広がる。後味ではこれらのフレーバーが調和を保ちながらゆっくりと引いていく。

さらに、昨年2010年には新製品「ドランブイ15年」を発売した。「ロイヤル・レガシー」と同じく15年以上熟成のモルト・ウイスキーだけをベースに使っている。ベースのモルト・ウイスキーの香味を引き立たせ、シングル・モルト・ユーザーにも受け入れられることを狙って糖分を減らしドライな味わいにしている。アルコール分は43%、薫り高いスパイス、上品な草様、バター・スコッチの香りを持ち、口中ではソフトな口当たり、レモングラス様のフレーバーが徐々に複雑なモルト・ウイスキーに取って代わる。後味はドランブイ特有の霊薬が長く残る感じである。

「ロイヤル・レガシー」、「ドランブイ15年」とも、カンヌのTFWA(デューティー・フリー見本市)で優れた新製品へのゴールド・メダルを獲得したのを始め合わせて4個のゴールド・メダルを獲得している。

ネール(Nails)

ボウモア・ネールをステアするエイデンさん:グラスゴーの高級ホテル ブライツウッドのバーで通常ラスティー・ネールに使うブレンデッド・スコッチの代わりにボウモア・シングル・モルトを使ったネールを注文した。若手バーテンダーのエイデンさんが入念に 作ってくれた。

1950年頃からのドランブイの発展に大きな寄与をしたのがドランブイとウイスキーのカクテル「ラスティー・ネール」だったことは前章で述べた。近年、若年層をターゲットにドランブイを使った新しい感覚のカクテルを開発しそのキャンペーンに力をいれていることは既に紹介したとおりである。ラスティー・ネールは朽ちたか?いや、「ネール」は今やドランブイ第二の商標として発展している。

「ジャマイカ・ネール(ドランブイとジンジャー・ビール)」、「クラッシュド・ネール(クラッシュド・アイスにドランブイ、スクイーズしたライム、それと好みでソーダを加える)」、「ルビー・ネール(ドランブイとスクイーズしたライム、クランベリー・ジュース)」(以上はドランブイ社のウエッブサイトから)、「ハイランド・ネール(ブレンデッド・ウイスキーの代わりにハイランド・パーク・シングル・モルトを使ったネール)」、「ネールド(ドランブイをグラスの底の方に入れ、ジョニー・ウォーカー黒をその上に層で重ねる)」(カクテル評論家のサイモン・ディフォード氏の記事から)等多彩である。

グラスゴー都心のブライツウッド・スクエア(Blythswood Square)は5つ星の高級ホテルであるが、そのバーは美味しいカクテルを出す事で有名である。そのバーで注文したネールは「ボウモア・ネール(Bowmore Nail)**。作り方は、ボウモア・シングル・モルト12年50mlとドランブイ25mlをよくステアしてフラスコに移しアイス・バスの中に置く、カクテル・グラスの縁をオレンジの皮で擦ってからネールを注ぐ。ドランブイのハーブの香りと甘さ、ボウモアのスモーキーとヘビーな辛口、生き生きしたオレンジ・ゼストが交じり合って洒落ていて奥深い味わいのネールだった。

参考資料
1. http://www.drambuie.co.uk/charlies_bar/drambuie_nail_bar/
2. http://www.rampantscotland.com/know/bldev_knowdrambuie2.htm
3. iwsr Database2011
4. Drambuie Distillery. Simon Difford, Class Magazine, February 2010.
5. The Herald, Friday 24, 06, 2011 Obituaries Phil Parnell.

* ギネスとディアジオにいたフィル・パーネル氏である。2005年にドランブイの社長に就任してから思い切った経営改革を断行し、3年でドランブイ社を利益の上がる会社に戻した。非常に残念なことにパーネル氏はこの6月16日がんで急逝した。当年わずか59歳だった。
** 私が勝手に命名しました。