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稲富博士のスコッチノート

第53章 アイリッシュ・ウイスキー その3.タラモアとキルベッガン

タラモア蒸溜所

タラモア・デュー・ヘリテージ・センター:旧タラモア・デュー蒸溜所の施設はほとんど残っていないが、この運河沿いの貯蔵庫は博物館に改装されて会社、蒸溜所、ブランドの歴史に関する資料を展示している。

この蒸溜所跡はダブリンから西へ車で約1.5時間、人口13,000人ほどの町タラモア(Tullamore)にある。発祥は1829年にマイケル・モロイが、肥沃で穀物の生産地だったオファリー州の中心都市タラモアのグランド・カナール(大運河) 沿いに蒸溜所を建てた時に遡る。

1857年に蒸溜所はモロイから甥のバーナード・デイリー(Barnard Daly)に継承された。1862年に14歳の少年が蒸溜所で働くようになる。ダニエル・エドモンド・ウイリアムス(Daniel Edmond Williams)である。馬小屋裏の藁のなかで寝泊まりしても良い、というのが給与の一部だった。ウイリアムスは仕事に励み、ウイスキーの製造に必要な技量を着実に習得していった。デイリーの息子(名前は同じくバーナード)が会社を継いだが、彼はウイスキーに興味がなく、ポロと競馬馬の飼育に熱中していたので、蒸溜所はウイリアムスに任されるようになった。

旧タラモア蒸溜所のスティル:旧タラモア蒸溜所で使われていたポット・スティル3基とカフェー・スティル(中央奥銅製の塔) はロック(Locke) 蒸溜所に移設されている。不思議なことに釜はロック蒸溜所の炉にぴったりと収まった。

1887年、ジャーナリストのアルフレッド・バーナードが訪れた時のタラモア蒸溜所は直径7.5m、深さ2.4mの仕込槽を2基、容量73klの発酵槽を 10基、73klの初溜釜を2基、25klのローワイン・スティルと48klのスピリッツ・スティル各1を備えた堂々たる蒸溜所であった。ローワイン・スティルの方がスピリッツ・スティルより小さいが、これはバーナードが取り違えたという説がある。

ウイリアムスは蒸溜所を近代化すると共に1897年に蒸溜所の銘入りウイスキー、タラモア・デュー(Tullamore Dew)を開発する。DEWはウイリアムスの名前のイニシャルであるが、Dew(露)に懸けた命名でもある。会社の所有権は順次デイリーからダニエル・ウイリアムスに移り、ダニエルの死後は息子のジョンへ引き継がれた。

タラモア・デュー:アイリッシュ・ウイスキーで最初のブレンデッドウイスキー。軽く繊細な味わいの中に大麦由来の穀物用の味わいがある。ストレートからアイリッシュ・コーヒーやカクテルにと飲み方の幅が広い。アイリッシュ・ウイスキーNo.2のブランド。

タラモア・デューの業績は好調だったが、20世紀に入るとアイリッシュ・ウイスキーを襲った4重苦、すなわち英国の植民地市場から締め出されたこと、アメリカの禁酒法、世界大恐慌、スコッチ・ブレンデッド・ウイスキーの台頭、に押されるようになる。第2次大戦後、消費者に軽いブレンデッドが受けるのを見てタラモアは、1948年にカフェー・スティルを導入、それまでのポット・ウイスキーからアイリッシュ・ウイスキーで最初のブレンデッド・ウイスキーに切り替えたが、退潮を止めるには至らなかった。

会社の救世主となったのはウイスキーではなく、アイリッシュ・ウイスキー・ベースのリキュール、アイリッシュ・ミストである。この1947年に再発見された17世紀のレシピに因るウイスキー、蜂蜜とハーブのリキュールは成功し、会社は残った資源をこのリキュールに投入することを決め、蒸溜所は1959年に閉鎖、タラモア・デューの生産はミドルトン蒸溜所へ移った。タラモア・デューのブランドは1966年にアイリッシュ・ディスティラー・グループへ、 1994年にはC&C 社へ移り現在に至っている。近年のアイリッシュ・ウイスキーの人気の回復とマーケティング努力が実り、タラモア・デューは現在アイリッシュ・ウイスキーで第2のブランドに成長した。

タラモア・デューの品質の特徴は、アイリッシュ・ウイスキーの中で最も軽く、まろやか、ややレモンや麦芽を思わせる香りがあり味わいはなめらかである。アイリッシュ・コーヒーに最初に使われたウイスキーで、その軽さを活かしてカクテルにも良く使われる。

ロック蒸溜所

ロック蒸溜所:250年の歴史をいまに残すこの蒸溜所はブロスナ川の豊富な水量を使って水車を回して動力にした。この水車は今でも使えるそうである。

ロック(Locke)蒸溜所は、キルベッガン(Kilbeggan)蒸溜所やブロスナ(Brosna)蒸溜所とも呼ばれる。蒸溜所は、タラモアから北へ 10kmほど、人口1000人足らずの小村キルベッガンにある。この蒸溜所も1954年に操業を停止した蒸溜所で、2007年から小規模に蒸溜を再開したが、施設の大半は現在貯蔵庫と博物館として使われている。

蒸溜の開始は1757年というから、特定されている蒸溜所で記録が残っている所としてはアイルランドで最も古い。アイルランドの中央部にあたるこの地方は古くからウイスキー作りに必要な穀類、水、ピートに恵まれていた。蒸溜所の横を流れるブロスナ川の水質は、上流域が石灰質とピート層が交錯していて独特の水質といわれ、ピートは燃料として欠かせなかった。アイリッシュ・ウイスキーは麦芽の乾燥にピートを使用しないので、フレーバーにスモーキーが無いと言われているが、ロック蒸溜所で麦芽の乾燥にピートに代わって石炭が使われるようになったのは大運河が開通してイングランドの石炭が運ばれてくるようになってからである。

ピート・カッティングのデモンストレーションをするブライアン・クイン工場長:18世紀終わりまではピートが燃料として使われ、それ以後も石炭が不足した時にはピートを焚いて蒸溜所を動かした。

蒸溜所は1843年からオーナーとなったジョン・ロック(John Locke)とそのファミリーの下で盛業だったといわれ、アルフレッド・バーナードが訪問した時は石臼式の粉砕機6基、ローラー式粉砕機1基、55klの仕込槽が2基、45klから64kl容量の発酵槽が8基、47kl及び38klの初溜釜が1基ずつ、28klのスピリッツ・スティルが2基ある大型の蒸溜所であった。動力は主として水車から供給されたが、渇水期に備えて蒸気エンジンを備えていた。当時の仕込みの原料配合は麦芽が60%、大麦35%と5%のカラスムギ(Oat) であった。

蒸溜所はほぼ完全な自前のサービス機能をもち、樽工場、大工、鍛冶があり、運送用の馬10頭と牛小屋では糖化粕を与えられた牛が飼育されていた。オーナー経営者のLockeは従業員や地元コミュニティーを大切にしたようで、従業員用の社宅や住宅購入用の資金の貸付制度を整え、従業員は年間5ポンドを払えば蒸溜所裏の牧場に自分たちの牛を放牧してよかった。

石臼式の粉砕機:仕込に使う麦芽以外の硬い未発芽の大麦やオート(Oat) はこのような石臼で粉砕した。

蒸溜所はほぼ完全な自前のサービス機能をもち、樽工場、大工、鍛冶があり、運送用の馬10頭と牛小屋では糖化粕を与えられた牛が飼育されていた。オーナー経営者のLockeは従業員や地元コミュニティーを大切にしたようで、従業員用の社宅や住宅購入用の資金の貸付制度を整え、従業員は年間5ポンドを払えば蒸溜所裏の牧場に自分たちの牛を放牧してよかった。

会社は従業員の多少のわがままは大目に見た。発酵が終わったもろみの飲用(やや酸っぱいホップのないビールで、味は締りがないがアルコール分が高いので結構効く!)や1日の労働が終わった時に支給される一定量のウイスキー以外に、樽のウイスキーを哺乳瓶に入れて持ち帰ること(哺乳瓶は樽のダボ穴から入れるのに丁度良いサイズ、ウイスキーは当然赤ん坊用ではない)は違法ではあるがまあまあとしても、仕込用の温水が適温になった時に温水タンクで入浴したのはちょっといかがなものか・・・。

仕込槽:鋳鉄製のかなり大きな仕込槽が2基ある。粉砕した大麦、麦芽、オートの粕が底に沈んで濾層を形成するが濾層が深いので攪拌のアームが2段になっている。

ここの見どころは何と言ってもほぼ完全に保存された旧蒸溜所である。1953年の操業停止以来長年放置され荒れていた蒸溜所は、1982年から地元のコミュニティーの手でこつこつと復元され、百年以上前にバーナードが訪問した当時とほぼ同じ蒸溜所を見ることができる。ロック蒸溜所博物館として人気があり年間45,000人の見学者がある。

1988年からロック蒸溜所とKilbegganの商標のオーナーになったクーリー蒸溜所(Cooley Distillery)は、2007年に長年使われていなかった小さな蒸溜釜を修理、創業250年を記念して小規模な蒸溜を再開した。ロック蒸溜所には仕込と発酵の設備がないので、現在はダブリンの北にあるクーリー蒸溜所から最初の蒸溜を終えたローワイン(初溜液)を運んで2回目と3回目の蒸溜を行っている。貯蔵庫にある1樽には、“オバマ大統領のために蒸溜 2009年1月20日"と記されていた。

1. Alfred Barnard, The Whisky Distilleries of the United Kingdom, Birlinn Limited, 2008.
2. Brian Townsend, The lost distilleries of Ireland, Neil Wilson Publishing, 1997
3. Andrew Bielenberg, Loche's Distillery: A History, Lilliput Press, 2007.
4. Tullamore :Wikipedia-The Free Encyclopedia
5. C&C Group plc
6. About Irish Mist
7. Tullamore Dew
8. Kilbeggan Whiskey
9. Locke's Distillery Museum :Classicwhiskey.com
10. Cooley Distillery