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稲富博士のスコッチノート

第39章 スコッチ・ウイスキーの香味表現 その2.消費者によるテースティング

アロカ-海岸の海草:グラスゴーから1時間ほどのアロカ-村は風光明媚なロッホ・ロングの最奥にある。ロッホ(湖)と言っても、海につながっている湖で、海岸には大量の海草が繁茂し強い磯の匂いを放っていた。

マックリーン・ホイール

スコットランドの海岸は海草が豊富である。グラスゴーから西へ1時間ほどのアロカ-(Arrochar)村はロッホ・ロング(ロング湖)の最奥にある風光明媚な小村である。ロッホ(湖)といっても海からつながっている深い入江で、海岸には大量の海草が繁茂しており強い磯の香を放っていた。この‘海草様'の香は、ウイスキーの香味表現用語のピート様に分類されていて、世界でジュゴンやイグアナに次いで海草をよく食べる我々日本人に馴染みが深い。

前回ご紹介したペントランド・フレーバー・ホイールはウイスキー業界の中で専門家が使うことを目的に開発された。テースティングの対象は製品だけでなく、ニュー・メイク、熟成中の原酒、ヴァティングやブレンドされた中間製品、実験生産されたウイスキーなど多岐に亘る。評価の目的は ‘どのようなフレーバーが、どのくらいの強さで存在するか'を客観的(Objective)に測定することにある。従って、用語はこれらの評価対象に現れるフレーバーを網羅するよう選択され、厳密に定義され、科学的に分類されている。テースティングにありがちな個人の主観、偏りや好みを排除するのが目的である。

パネルは厳しいトレーニングとスクリーニングを受ける、テースティングを行なう室内環境は無臭であるのは当然だが、温度、湿度、照明なども厳密にコントロールされている。

これに対して一般消費者によるテースティングは、楽しみのためなので、フレーバーは厳密に定義された言葉ではなく、個人の生活経験に基づく香味の印象、一般的なスタイル、感じた特徴、良し悪し或いは好き嫌いを‘主観的'に表現することが多い。それでよいのだが、ウイスキーを飲む楽しみの1つは、色々なウイスキーの味わいをより深く理解して味わうことだし、もう1つはその味について仲間とコミュニケーションを図ることである。フレーバー・ホイールやその他の用語集に表記されている言葉は、言わば香味を理解するための‘案内板'で、理解を共有する助けになる。

このために、消費者により分かりやすく、使いやすいことを目的に多くのフレーバー・ホイールが開発されている。あるウイスキーのブログを見ていたところ、投稿者は13ものウイスキー・フレーバー・ホイールを探し出して紹介しているのに驚いた。出典は明示されていないので不明なものが多いが、その内3つはペントランド・ホイールそのまま、4つがスコッチ・ウイスキー会社のもの(2つはドイツ語)、1つがウイスキー・ライターのチャールス・マックリ-ン(Charles MacLean)氏のホイール(マックリーン・ホイール)、その他4つは不明でその内の1つはスウェーデン語であった。なかには、デザイン性重視と思われるものや、やたらと複雑で“分かりやすい"から程遠いものもある。これらの中で、マクリーン氏が、ペントランド・ホイールの開発者のスワン博士他とペントランド・ホイールを再開発したものを紹介する。

ペントランド・ホイールに比べると、簡素化されて使いやすくなっていることが分かる。ペントランド・ホイール第2層の‘味と口中感覚'の部分は、別の小ホイールに移し、フレーバーの12区分中の‘鼻への刺激'、‘油っぽさ関連'、‘腐ったような'の3区分は、製品にはめったに現れないので削除、‘甘い感じ'、‘アルデヒド様'と‘エステル様'は同時に感じられることが多いのでエステル様に統合、新たにワイン様が追加された。従って第2層は12区分から8 区分に減っている。

用語の説明

ピート様(ピーティー=Peaty):ヨーロッパでは食品の保存手段として燻製にすることがよく行われる。写真はスモークド・ソーセージとスコットランドの名物の1つのキッパーズ(スモークした鰊)、それと磯臭さやヨードのような香りの海藻で、これらの食品の香りはピート香の強いモルトによくみられる。(K. Morioka氏 撮影)

余溜臭:モルト・ウイスキーの再溜(2回目の蒸溜)の後半に溜出するフレーバーで、ここに掲げた蜂蜜、タバコ、革製品やチーズを思わせる匂いを含んでいる。ニュー・スピリッツ中の余溜臭は不快感を与えるものも多いが、熟成中に変化してウイスキーに奥深い複雑さを与える。

ワイン様:ウイスキーを種々のワインの空樽で熟成した時に前歴のワイン樽の材やワインから由来する香味である。写真のドライ・オロロソのシェリー風味、バター、ピーナッツやオリーブのやや油っぽいナッツ様の香味を含んでいる。(K. Morioka氏 撮影)

スコッチ・ウイスキーの重要フレーバーで前回ご紹介できなかった次の3つの用語を説明する。

この特徴が最も強烈なのは、アイラ(Islay )モルトの中で‘キルダルトン3兄弟'と呼ばれるラフロイグ(Laphroaig)、アードベック(Ardbeg)、ラガブリン(Lagavulin)で、その次にランクされるのが同じアイラ島のボウモア(Bowmore)と カリラ(Caol Ila)、アイラ島以外ではアイラ島の隣ジュラ(Jura)島のアイル・オブ・ジュラ(Isle of Jura)、スカイ(Skye)島のタリスカー(Talisker)、オークニー(Oakney)本島のハイランド・パーク(Highland Park)である。尚、ピート様に近い言葉にスモーキーという表現があるが、スモ-キーには、ピート以外の例えば木材、藁、落ち葉などを燃やしたときの煙の匂いも含まれる。

ピート様(ピーティー)は‘ピート由来'の香気成分を意味するので、ピートを燃やしたときに出るスモーキー(煙臭さ)や薬品様の香りなどがこのグループに入る。このフレーバーは、スコッチ・モルトの中でも、スコットランドの島々で蒸溜されるウイスキーに特徴的なフレーバーである。

余溜臭は、モルト・ウイスキーの再溜(2回目の蒸溜)の後半に溜出してくる溜分に含まれる匂いのことで、蒸発し難い成分から成っている。ニュー・スピリッツ中の余溜臭は、重苦しい感じの蜂蜜、チーズ、革製品、タバコ、汗、ゲップの匂い等、不快感を与えるものも多いが、熟成中に変化してウイスキーに奥深い複雑さを与える必須の成分である。

ワイン様は、ワインとワインの熟成に使われた樽由来のフレーバーを指す。スコッチ・ウイスキーの熟成には、現在は主としてバーボンの空き樽が用いられているが、5-60年前までは、ヨーロッパ産のオーク材からつくられたワインの古樽、なかでもスペイン産のシェリー樽を使用して行われていた。現在でも、マッカラン・シングルモルトのシェリー・ウッド・シリーズはシェリー樽由来の独特の優れた香味が特徴で人気が高い。

又最近は、モルトをバーボン樽で充分熟成させた後に、ポート、マディラ、フランス・ワイン等の樽に移し、数ヶ月間貯蔵する‘フィニッシュ' (Finish=仕上げ)の製品が多数出ている。これに対応して評価用語に‘ワイン様'が入れられたと思われる。ワインの空樽には前歴のワインが樽重量の 3%ほど染みこんで残っていて、ウイスキーの熟成中にこれが溶け出してくるのである。写真の食品以外に、前歴に使われたワイン類、アーモンド、チョコレート様などの香りがこのグループに入る。

商品説明における使用事例

表:スコッチ・ウイスキーの香味表現(例)

消費者がウイスキー商品を選択する基準は、ブレンデッド・ウイスキーの場合は自分が日頃から飲みなれたもの、或いはそのときのお買い得品を選択する傾向があるといわれているが、シングル・モルトでは、色々なモルトを試してみたいという意向が強いという。‘どんな味か'、‘自分の好みに合うか'、‘どのようにつくられたか'などが選択の基準になり、商品に関わる情報、とくに香味について正確で分かりやすい情報の提供が求められる。

自社のウイスキーの味わいをどのように分かりやすく伝えるか、今まで多くの試みがなされた。その1つは、商品のもっている特長をよく表す表現用語8-10 をフレーバー・ホイールから選び、その特徴の強さを1-5点の尺度で採点した数値をレーダー・チャート(スパイダー・チャート)上に表示する方法である。情報量は多いし、比較のために個性の異なる2つのウイスキーの特徴を1枚のチャートに重ねるとその特徴の違いが良く分かるメリットはあるが、レーダー・チャートの形から一目でウイスキーの風味の特徴を理解することは難しく、ウイスキー・セミナーなどで説明に使われる以外あまり普及していない。

香味のタイプを‘デリケートなタイプ'から‘ピート臭が強く挑戦的な味'といったいくつかのグループに分け、これをラベルに表示して消費者の選択の手助けにしようという試みもあったようだ。これはシングル・モルトではなくブレンデッド・ウイスキーであったが、英国のスーパーの店頭で、香味のスタイルを‘フル(Full=豊富な)で複雑'、‘中間的(Medium)でややピート様',‘軽くて(Light)デリケート'という説明表示をされている例があった。

フレーバーの説明で現在もっともよく使われているものは、テースティングの手順に沿って、色調、香り、味、後味の4項目について各々の特徴を2-5つのキーワードで表現するもので、この方法が最も分りやすいと思われる。味からボディー(口に含んだときの感覚の総量)を分けて5項目にしている場合もある。事例は表をご覧ください。

自分の評価表をつくってみよう

ウイスキー愛飲家がウイスキーの香味を表現してみようとされる場合、フレーバー・ホイールやその中で使われている言葉は一種の手引き(Guide)として利用していただき、又ご自分の言葉を自由に追加していただいてよい。

テースティングの能力を上げるには、ウイスキーに限らず多様な香りに接することである。経験を積むほど香味の記憶とそれを表現する語彙が豊富になるので、テースティングに際して上手いキーワードを選ぶことが可能になる。‘フレーバーは記憶である'はバランタインの元マスターブレンダー、ロバート・ヒックス氏の言であった。

むすび

ウイスキーに限らず、同じ酒類のビール、ワインなどの感覚評価技術はここ30数年間に多くの進歩をとげた。評価技術の進歩だけでなく、結果を品質の向上や管理、商品開発、嗜好調査、情報伝達に活用することにも経験が集積されている。一方において、まだ未開発で今後の発展が待たれる分野も多い。例をあげると、民族や社会の違いでウイスキーの香味の感じ方や語彙は当然共通するところと異なるところがあるはずであるが、この分野の研究はまだ未着手である。同じく嗜好が社会やその構成階層、又時代とともにどのように変遷して行くのかも非常に興味があり、今後の進展が待たれる分野である。

1. [Ballantine's] 香るウイスキー バランタイン (www.ballantines.ne.jp)
2. Ballantine's (www.ballantines.com)
3. Malt Whisky, Charles MacLean, Mitchell Beazley, 2006
4. Whisky Magazine Nosing and Tasting Course
5. Consumer-friendly taste descriptor for malt whisky. Brewing and Distilling, 22, May 2000.
6. More flavour wheels caught my whisky eye, June 4th 2007:Blog about Whisky - WhiskyGrotto.com