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稲富博士のスコッチノート

第15章 グレーンウイスキー-その2-Coffeyから現代まで

前回に続きグレーン・ウイスキーの第2章をお届けします。前半は近代的連続蒸溜法の嚆矢となったカフェー・スティルの発明者エニアス・カフェーの人生と功績について、後半は現在のグレーン・ウイスキーの製法についてです。

1. エニアス・カフェー(Aeneas Coffey)*

生立ち

グレーン・ウイスキーというとかならずカフェー、カフェー・スティル、カフェ-・グレーンとか言った言葉をよく聞くが、このカフェーというのは連続式蒸溜器を発明したエニアス・カフェー氏のことである。エニアス・カフェーは1780年生まれで、父はダブリンの水道局の技師だったアンドリュー・カフェーである。エニアスの孫によるとエニアスは有名なダブリン大学のトリニティー・カレッジで教育をうけたそうだが、大学での専攻や卒業の有無はよく分かっていない。

酒税官

1800年に間税局へ入り、酒税の税務官や取締官になっている。カフェーは職務に非常に忠実だったようで、1810年には監査総監に出世している。当時アイルランドでは小型の蒸留釜は全て禁止、密造の取締まりは事の外厳しく、又取締まりへの反抗も凄まじいものだった。この年カフェーはある地区の密造摘発に兵隊の護衛を受けながら出かけたが、密造地域では地元民に包囲されて武器は収奪、カフェーは滅多打ちにされて瀕死の重傷を負っている。

蒸溜業者への転向と連続蒸溜機の発明

1830年のカフェーの特許出願届に添付された連続蒸溜機の図面。醪塔と精溜塔は当初この図のように1本の塔の上下に配置されていた。

1824年に間税局を辞し、今度は蒸留業者へ転向する。ダブリンのDock Distilleryを経営する傍ら連続式蒸溜器の開発を行い、1830年には特許(パテント)を申請している。カフェー・スティルのことをパテント・スティルと言うのはこの事に由来する。この開発経過が分かれば興味深いが、残念ながら記録は残っていない。

当時蒸溜をより効率的に行ない、より高い度数でクリーンなスピリッツを造る試みは方々で行われていた。カフェー以前の発明家でこの目的に挑戦し、相当の成果を残した人々にブルーメンタールや前回に紹介したスティーン等がいたが、カフェーの発明では下記の点が革新的であった。

1. 縦型の塔の中を穴のあいた水平の棚で何段にも仕切り、もろみが棚の上を均一に流れながら上段から下段に連続的に流下するようにした事
2. もろみから蒸発したアルコール蒸気は冷されて液体に戻り再度蒸発することで度数を高めていく、いわゆる分溜が繰り返し行われる事

である。この設計は、現在でもすべての蒸溜工業の基礎となっていると言ってよい。

創業の苦闘とスコットランドでの成功

グラスゴーのPort Dundas蒸溜所:1840年代にカフェー・スティルを設置したとされる。今でも最大規模のグレーン蒸溜所である。蒸溜所は小高い丘の上にあるが、Port Dundas(ダンダス港)の名前は手前に見える運河の船着場に由来する。

1831年にカフェーの特許は認められたが、母国アイルランドでは全く利用されなかった。理由は、初期のカフェー・スティルが鉄で作成されていた為出来たグレーンの品質が悪かったことにもよるが、基本的にはアイルランドの蒸溜業者の保守性があった。彼らは、ポット蒸溜のみが良いウイスキーをつくりだすと信じており、蒸溜業者の組合も“Irish Pot Still Distillers Association"を名乗り、製品の宣伝にも“Pure Pot Still"が強調されていた。ポット以外の蒸溜法は受け入れられなかったのである。

失意のカフェーは1835年にアイルランドを離れイングランドへ移る。苦闘の時代が続いたが、1840年代に入るとカフェー・スティルはスコットランドの多くの蒸溜所で採用されるようになった。現在もグレーンの有力工場として操業しているグラスゴーのポート・ダンダス蒸溜所も早期にカフェー・スティルを導入した蒸溜所の一つである。しかしながら、これらの蒸溜所で蒸溜されたグレーン・ウイスキーの最大の顧客はロンドン・ジンの蒸溜業者だった。現在のようにウイスキーに大量にブレンドされるのはもうすこし時代が下がってブレンデッド・ウイスキーが開発されてからであるが、スコッチのブレンドはその軽い味が市場で高く評価され、競合していた重苦しい品質のアイリッシュ・ポット・ウイスキーを圧倒してゆくのである。

カフェーは1852年にイングランドのブロムレーで死去した。カフェーはアイルランド人だったが、意図せず二つの方法でアイリッシュ・ウイスキーを抑圧したといわれている。第1には密造の取り締まりで、第2にはカフェー・スティルの発明で。もっともこれはカフェー本意ではなかったし、彼の発明はウイスキーの技術史上最大の発明だったのである。

2. 現在のグレーン・ウイスキーの製法

原料

主原料は発芽させていない小麦やとうもろこしである。発芽させていない穀類には澱粉を糖分に変える糖化酵素が含まれていないので、酵素力の強い麦芽を15-25%使用し原料穀類中の澱粉を糖化する。

粉砕

原料はハンマーミルで細かく粉砕される。モルト・ウイスキーと異なり、仕込みで濾過をして固形分を分離する事がないので、粉砕粒度は細かくて良い。

クッキング

粉砕した小麦やとうもろこしは水を加えて巨大な圧力釜でクックされる。2時間程度でクッキングが終了すると、温度を67℃程度に下げ粉砕した麦芽を加えて澱粉を糖化する。

醗酵

醗酵中のグレーン・ウイスキーもろみ(Strathclyde Distillery) 小麦を麦芽で糖化し酵母を加えて醗酵させているところ。醗酵終了時のアルコール度数は溜留所によって7-11%と違いがある。

糖化が終了すると温度を18-20℃に下げ酵母を加えて醗酵させる。醗酵は3日くらいで終了しアルコール分が8%程度のもろみになる。カフェー・スティルでなく段数の多いモダ-ン・スティルの蒸溜所では仕込濃度を上げ、醗酵終了もろみのアルコール分を11%程度まで高めることが可能である。

蒸溜

ノース・ブリティッシュ蒸溜所のカフェー・スティル:近代的なカフェー・スティルでカラムはステンレス製。左は段数28段の醪塔、右側の塔は段数41段の精溜塔である。精溜塔に見られる半円形のものは醪パイプで精溜塔の中を走っていて中を流れている醪を余熱する。
Acknowledgement: North British Distillery

蒸溜にはカフェー・スティルや、いくつかの蒸溜所ではモダ-ン・スティルが使われている。カフェー・スティル構成はもろみ塔と精溜塔の2塔で、モダ-ン・スティルでは別の機能をもった塔が1-3塔追加されている。

醗酵の終了したもろみはまずもろみ塔へ入る。もろみ塔の役割はもろみからアルコール分を回収することである。もろみは余熱した後、もろみ塔上部の棚の上に放出される。数cmの深さで棚の上に広がったもろみは、棚の反対の端に設けてあるダウン・カマー(Down commer)と呼ばれるパイプを通って順次下の段に流れて行く。この棚には指くらいの大きさの穴が多数開けてあり、下から熱い蒸気が通り抜けてくるが、 蒸気は もろみで冷やされて液体に戻り(凝縮)、加熱されたもろみからはアルコール分が蒸発するのである。もろみ塔の中ではこのような凝縮、加熱と蒸発が繰り返されることで、塔の上部にまで上ってきた蒸気中のアルコールは数十%まで高められている。反対にアルコール分がゼロになったもろみは蒸溜残液として塔の下から排出される。

もろみ塔の中で蒸発したアルコール分に富んだ蒸気は一度冷却して液体に戻してから(凝縮という)精溜塔に入り**、下部から吹き込まれた高温の蒸気で加熱され再度蒸発する。この時アルコール濃度が高まるのである。精留塔の中ではこの蒸発と凝縮を繰り返して濃度が高まり、濃度が94%以上になったところで製品として塔から取出される。

3.グレ-ン・ウイスキーの品質

モルト・ウイスキー、グレーン・ウイスキー、グレーンスピリッツの成分量の比較 主な成分をガスクロマトグラフィーという方法で分析したもの。図中のピークの数が多いほど含まれている化合物が多く、複雑重厚な風味である事を示している

蒸溜塔の中で起こっていることはもろみからのアルコールの分離と濃縮だけではない。アルコール分以外の多数の成分はその蒸発のしやすさに応じて除去又は濃縮される。これらの成分がウイスキーに良い風味や又は不快さもあたえるので、出来たスピリッツ中には適量含まれていることが大切になる。ウイスキーの蒸溜では銅が品質に重要な影響を与えている事をPot蒸溜の時に説明したが、このことは連続蒸溜でも同じで蒸溜塔本体を銅でつくるか、そうでない場合でも棚やコンデンサーなどポイントとなる部分には必ず銅が使用されているのである。

グレーン・ウイスキーはポットで蒸溜されるモルト・ウイスキーにくらべて軽い風味が特徴である。グレーンに含まれている通常成分を分析してモルトにくらべてみると、成分の数はうんと少なく又濃度も低いことが分かる。極度に精溜してアルコール以外の成分を完全に除去したグレーン・スピリッツに比べると相当色々な成分が含まれていて、“グレーンもウイスキーの風味をもっている"ことが分かる。グレーン・ウイスキーの軽さ、穏やかさ、モルトとは異なる風味はブレンドのベースとして極めて優れた特性なのである。

* (Rothery, E.J.,' Aeneas Coffey', Annals of Science, Mar.1968他の文献を参照した)
**(カフェー・スティルではもろみ塔から出た蒸気は液体に戻すことなくそのまま精溜塔へ導入される)