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稲富博士のスコッチノート

スコッチノート第132章 アイルランド再訪―3.ピアースライオンズとロー アンド カンパニー蒸溜所

ピアース ライオンズ蒸溜所

写真1.ピアース ライオンズ(Pearse Lyons)蒸溜所:1856年に建てられたSt. James Churchの聖堂の中にある。場所はJames’s StreetのLiberty地区の西端、ギネスのビール工場や後に述べるRoe&Co蒸溜所のすぐ近くである。

歴史

蒸溜所の誕生は2017年である。蒸溜所を建てたピアース ライオンズ(1944 – 2018)は蒸溜酒と家畜栄養剤の巨人である。蒸溜酒造りと家畜栄養剤の組み合わせは些か奇異に思われるが、そこはライオンズが発酵と生化学の学者だった背景がある。ビールやウイスキーには発酵工程があり、反芻をする牛、羊、ヤギ等の胃は、彼らが食べた草や穀類を発酵する発酵タンクという共通点がある。ライオンズは科学者、起業家、マーケター、セールスマンの全ての資質を兼ね備えていた。

生まれは、ダブリンの北、クーリー蒸溜所のあるラウス州(County Louth)で、ダブリンのUniversity College Dublin (UCD)で生化学を学び、後にイングランドのバーミンガム大学の製麦・醸造科で博士号を取得した。英国のビール会社に就職して技術課題の解決に当たった。1973年にアイリッシュ・ディスティラーでミドルトン蒸溜所の設計チームの一員として働き、この近代的大型蒸溜所は1976年に操業を開始している。その後ビール醸造所やウイスキー蒸溜所に酵母を供給する会社で働き、1976年に販路拡売の為にその会社の米子会社に出向してケンタッキーにやってきた。1980年に彼は自立を決意、自宅のガレージをオフィスにして、それまでに貯めた1万ドルでビール醸造の技術コンサルタント、オルテック(Alltech)社を創立した。10月に創業してクリスマスには利益が出たという。

ビールのコンサルタントと並んで、酵母や発酵技術を生かした家畜の栄養サプリを開発・製造する事業を起こし、今ではこの部門が酒類よりはるかに大きくなっている。しかしながら、ライオンズの酒類への愛着は強く、ケンタッキーのレキシントン(Lexington)にビールとウイスキーを作るLexington Brewing and Distilling Coを創立している。ライオンズは、生まれ故郷のアイルランドに蒸溜所を持ちたいという願いをずっと持ち続けていたが、2012年にダブリンのリバティーズ地区にある荒廃したSt. James Churchを購入、蒸溜所を作る事にした。蒸溜所の建設には4年を要したが、これはライオンズが購入した後に教会が史跡の指定を受けた為に改修は原形を残す必要があり、非常に制限を受けたことに因る。醸造設備や蒸溜釜は屋根を外してクレーンで吊り上げて搬入、後に屋根を元戻通りに復旧するという手順を取っている。蒸溜所は2017年に完成し、現在はモルト・ウイスキー、アイリッシュ・ポット・スティル・ウイスキー、ジンを製造している。

ピアース ライオンズ蒸溜所の建設と並行して、ライオンズはケンタッキー州Pikevilleにもう一つのビール醸造とバーボン、Moonshine(かっては密造のホワイト・スピリッツを意味したが、今は蒸溜酒の一つのカテゴリーになっている)を製造するDueling Barrelsを建設した。蒸溜所のオープンは2018年の7月だったが、ライオンズは同年の3月に死去したため完成を見る事は出来なかった。現在、オルテック社は全世界で6,000人の従業員を持つ大企業に発展している。

製造設備

仕込み、発酵、蒸溜の設備は教会の聖堂内に置かれていて、聖堂に入った途端にえっ!と言った印象がある。まるで蒸溜所のイメージと異なるからであろう。正面の祭壇跡には蒸溜所のシンボルである蒸溜釜が置かれ、その前には2基の木桶発酵槽が、右手の翼廊に仕込み装置がある。

仕込み

写真2.仕込み装置:左が仕込み槽、右がラウター・タン(濾過槽)である。後ろのステンドグラスのモチーフはポットスティルと樽である。

次回の仕込みはモルト・ウイスキーの仕込みのようで、仕込み装置の前に原料麦芽が入っているバッグが置かれていた。既に粉砕済のものを業者から購入しているようで、エール(Ale)用麦芽とタイプは不明だがもう一種の麦芽のバッグが置かれていた。発酵は容量600リットルの木桶の発酵槽2基を使用する。

蒸溜

写真3.蒸溜設備:蒸溜設備は、聖堂の祭壇のあった所に置かれている。左が初溜用のポットスティル、右が再溜用のポットスティルである。後ろのステンドグラスは蒸溜釜が描かれている。

蒸溜設備はアメリカ製で、初溜釜は普通のポットスティルであるが、再溜釜は上部に数段の精溜棚をもつヘッドがあり、蒸溜度数を2回蒸溜から3回蒸溜以上の広い幅でコントロールする事が可能である。

ピアース ライオンズ蒸溜所は極めて小さい。筆者の試算では熟成後の製品として出荷できるのは年に1万数千本と思われる。これくらいの数量なら、大半が見学者のツアーの試飲(通常コースで1人3、500円から5、000円)と場内売りで消費されてしまうのではないだろうか。

ロー アンド カンパニー(Roe and Co)蒸溜所

2019年に操業を開始した新しい蒸溜所である。場所はピアース ライオンズ蒸溜所から300mほど東で、1926年に閉鎖されたジョージ ロー(George Roe)のトーマス ストリート蒸溜所があった所のすぐ隣である。トーマス ストリート蒸溜所については本稿第52章(2009年10月)で触れているのでご参照ください。尚、現在のロー アンド カンパニー蒸溜所のオーナーはスコッチ ウイスキーの最大手のディアジオ(Diageo)社で、以前のジョージ ローと資本的なつながりは無い。

写真4.ロー アンド カンパニー蒸溜所の外観:この建物は1950年初頭にジェームス ストリートの反対側にある旧ギネスのセント ジェームス ゲートのビール工場に電力と蒸気を供給するパワー ハウスとして建設された。今ではダブリン市の指定建造物になっている。正面のガラス越しにポット スティルが見える。

歴史

パワーハウスは1943年に計画されたが、第二次世界大戦中であり建設は大幅に遅れ、戦後も資材難で工事は難航した。稼働したのは1950年である。以後40年以上、パワー ハウスはギネスの醸造所に電力と蒸気を送り続けたが、1988年にはセント ジェームス ゲートの醸造所も閉鎖されて、パワー ハウスに隣接する新醸造所へ移転、パワー ハウスは燃料に石炭と重油を使用していたが、1993年に環境問題への対応と、効率も高い天然ガスを燃料にしたCHP(Combined Heat and Power.Cogenerationとも言われる)へ 転換した為パワー ハウスは閉鎖された。2018年に建物は新蒸溜所に転用されることになり、2019年6月に操業を始めた。

製造設備

仕込み
Roe&Co蒸溜所は100%麦芽を原料とするモルト蒸溜所である。蒸溜所内に製麦工場は無く、原料麦芽はアイルランドの製麦会社から購入する。ピートを焚いていないNon-Peated Maltであるが、これはPeated Maltを使用しても3回蒸溜すると麦芽のピート成分はほとんどスピリッツに移行しない為意味がないからである。1仕込み当たり3トンの麦芽を仕込み、14,000リッターの麦汁を採取し発酵槽へ送る。

写真5.マッシュタン:スコッチ モルト蒸溜所で使われているマッシュタンと同タイプのマッシュタンである。左奥に見えるのは第3回目の蒸溜を行うスピリッツ スティル(精溜釜)である。

発酵
発酵時間は3日から5日、発酵終了醪のアルコール分は8.5%程度である。木桶を使い、発酵時間が長いので発酵後期に乳酸発酵が盛んになり、フレッシュでエステリーなスピリッツが得られる。

写真6.発酵槽:容量14,000リッターの木桶槽が6基ある。右奥に見えるヘッドの上部にバルジ(膨らみ)のある蒸溜釜は、第2回目の蒸溜を行うLow wine stillである。

蒸溜
Roe&Co蒸溜所の蒸溜方法は、基本的にはアイリッシュ ウイスキーの伝統に沿った3回蒸溜で、3基の蒸溜釜で3回蒸溜を行っているが、2回蒸溜も可能である。初溜釜は14,000リッターで、発酵槽1基分の醪が丁度全量入る。第2回目の蒸溜を行うユニークな形のLow wine stillは7,000リッター、3回目のSpirit stillは4,000リッターである。

蒸溜所の能力は年間100%アルコールに換算して約500kl、バーボン樽に換算して約4,300丁である。

写真7.ポットスティル:左から第1回目の蒸溜をするWash still、その右が第2回目の蒸溜をするLow wine still。最終のSpirits stillはLow wine stillに隠れて見えないがやや左手最奥にコンデンサーが見える。

貯蔵・ブレンド
蒸溜所に樽の貯蔵庫はない。これは、人口密集地帯での万が一にも可能性のある火災を避ける市の方針によるもので、貯蔵庫は郊外に置かれて、ウイスキーの搬出はタンクローリーで行っている。

テースティング

写真8.テースティングに供された製品:左からRoe&Co blended Irish Whiskey, Roe&Co Cask&Keg blende Irish whiskey, Roe&Killahora blended Irish whiskey, 13 years old Irish single malt whiskey.

テースティングは蒸溜所内にあるPower House Barで行われた。提供された4種のウイスキーのテースティングノートを下記に示す。尚、Roe & Coは2019年に蒸溜所が操業を始める以前から原酒を外部から購入してブレンドしRoe & Coのブランドで製品を販売していた。蒸溜所訪問時に蒸溜所で蒸溜されたウイスキーで最も古いものが3年少々なので、テースティングした製品の中味は原酒を外部から調達してブレンドされたものと思われる。(スコッチ ウイスキーの法律では、蒸溜所名をブランドにする時は中味が100%その蒸溜所で蒸溜されたシングル モルトかシングル グレーンウイスキーに限られ、ブレンデッド ウイスキーに蒸溜所名を付ける事は許されていない。アイリッシュ ウイスキーはEU基準に依っているので許されていると思われる)。

1.Roe & Co blended Irish whiskey(2017年版)

アルコール分45%、冷却処理なし。
香り:スパイス、やや刺激的、バーボン様木香
味: フレッシュ、やや甘い、軽い
後味:焦がし砂糖の甘味、バニラ、ほどほどの長さ

2.Cask & Keg blended Irish whiskey

アルコール分56%、冷却処理なし
ギネスのスタウトビールを樽熟成させビールを空けた樽にブレンドしたウイスキーを入れて11カ月再熟成(Finish)した。
香り:良い熟成感、イチジク、ホップ様
味:まろやか、やや甘い、バーボン様木香
後味:バニラ、グレープフルーツ様で中くらいの長さ

3.Roe & Co/Killahora blended Irish whiskey

アルコール分46%、冷却処理なし
ブレンドしたウイスキーを、アイルランド南部のCork市近郊のKillahoraリンゴ園で、リンゴ酒とリンゴ ブランデーのリキュールの
熟成に用いた樽を使って1年間後熟させた。
香り:フレッシュな青りんご、バニラ、バーボン様木香
味:まろやか、渋みとバタースコッチの甘みのバランス
後味:スパイス様とフローラルなフレーバー

4.13年物シングルモルトウイスキー

アルコール分58%、冷却処理なし
シングルモルト(蒸溜所は不明)をポート樽で13年間熟成させた。
香り:まろやか、複雑で深みがある、完熟したイチゴ、チョコレート
味:芳醇、まろやか、ハニー、ポート
後味:イチゴジャム、コーヒー、程よい長さの後味

ブレンド・後熟は色々考えるものですね。発想の広さに感心しました。

3回蒸溜ウイスキーは軽く、比較的短期の熟成で飲めるようになる。会社はカクテルベースとしての利用に力を入れていて、蒸溜所内でカクテルルームを設け、カクテル教室を開いている。

  • 参考資料
  • 1. https://pearselyonsdistillery.com/
  • 2. https://en.wikipedia.org/wiki/Pearse_Lyons
  • 3. https://www.alltech.com/en-gb/about
  • 4. https://www.lexingtonbrewingco.com/about
  • 5. https://www.duelingbarrels.com/about-us
  • 6. https://www.brewbound.com/news/alltech-opens-dueling-barrels-brewery-distillery
  • 7. https://www.roeandcowhiskey.com/
  • 8. https://libertiesdublin.ie/the-guinness-power-station/
  • 9. https://www.whisky.com/whisky-database/distilleries/details/roe-co.html