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稲富博士のスコッチノート

第129章 アードモア蒸溜所

写真1. アードモア蒸溜所から北にノッカンディー・ヒル(Knockandy Hill)を望む:ノッカンディー・ヒルは標高434m、ほぼ全面ピートに覆われている。蒸溜所はこの丘の14ヵ所の泉から湧出する水を仕込み水に使っている。

アードモア蒸溜所のあるケネスモントはアバディーン州の北東部にある小さな村である。産業は農業で、牛、羊の牧畜と大麦、小麦の栽培がメインである。村に小学校はあるが、中学校へ行くには13㎞北のハントリーの町まで通う必要がある。蒸溜所の歴史を振り返ってみる。

アードモア蒸溜所の歴史

1856年:インバネス―アバディーン間の鉄道開通。

1891年:ティーチャーズの創業者の次男のアダム・ティーチャーズが用地を購入。

1897年:蒸溜所の建設開始。設計者はパゴダ・キルンで有名なチャールズ・ドイグである。蒸溜釜は初溜と再溜各1基。

1899年:操業開始。

1940年:蒸溜所は英陸軍に接収され、糧食の貯蔵施設として使われた。

1955年:蒸溜釜を4基に増設。サラディン式製麦設備を導入。発酵槽2基増設。

1958-1960年:発酵槽を4基増設。

1959年:サラディン製麦設備を増設。

1962年:蒸溜廃液の濃縮設備導入。

1964年:ラック式貯蔵庫を導入。

1967年:廃水処理設備建設。

1974年:ティーチャーズ社はアライド・ブリューワリーに買収された。

1975年:製麦を中止し、キルンのスペースにモルト・サイロを設置。蒸溜釜を8基に倍増。

1987年:アライド・ライオンズ社がハイラム・ウォーカー社を買収。

1994年:アライド・ライオンズ社はアライド・ドメック社になる。

2001年:蒸溜の直火加熱を蒸気加熱に変更。

2006年:フォーチューン・ブランド社(Beam) に買収される。

2016年:ビーム・サントリーの傘下に。

このように経営母体は変わったが、蒸溜所は着実に発展して現在に至っている。

蒸溜所の外回り

蒸溜所は、ケネスモントの村を通っているB9002号線に沿って建てられているが、道路側には貯蔵庫が並んでいて蒸溜所らしい佇まいは見る事が出来ない。蒸溜所の旧キルンや生産棟の外観を見るには蒸溜所の北側に行く必要があるが、蒸溜所に沿って北側にはアバディーンからインバネスを結ぶ線路が走っているので線路を渡る必要がある。今回、特別にお願いして蒸溜所の北側にある牧草地に行く事と、反対に南側にあるアードレイアー(Ardlair)の丘にも登らせてもらった。

蒸溜所の北側の線路を越えるには、蒸溜所からB9002号線を数百m西に行ったところを北に向かって右折すると踏切があり、この踏切を渡る必要がある。踏切は1.5mほどの高さのゲートが施錠されている。ゲートを開けるにはゲート横に設置されている電話でコントロール・センターに電話し、列車が来ない時間なら許可が下りて錠の合わせ番号を教えてくれるので渡ることができる。許可は下りたが錠が錆びついて開けられず、車は置いてゲートを攀じ登って線路を越えた。線路の北側は広い牧草地が広がり、30頭ほどの羊が放牧されていたが、我々の姿を見ると一斉に遁走してしまった。

こちらから見たアードモア蒸溜所はいかにもハイランドの蒸溜所らしい姿である。蒸溜所を設計したのは当時多くの蒸溜所を手掛けていたチャールズ・ドイグで、麦芽を乾燥するキルンはパゴダといわれるドイグ独特の形をしている。

写真2.北側から見たアードモア蒸溜所。左のキルンから続く建物は、かつては大麦の貯蔵やフロアー・モルティングが入っていた。その後改造されて今は生産施設が入っている。中央の三角屋根の建物の白壁には「Ardmore Distillery Est. 1898」とあり、右の白壁の建物には「Wm TEACHER & SONS Ltd 」とある。こちらが蒸溜所の正面のように見えるが、前を走る列車から見える事を意識したものと思われる。

生産プロセス

プロセス用の水:仕込み等中味工程用に一日約250トンが必要で、これは前述のようにノッカンディー・ヒルの泉の湧水を使っている。加えて、約750トンの冷却水が必要であるが、これは牧草地を流れる小川から引いている。

原料麦芽:場内のサラディン式製麦は1975年に中止し、専門の製麦会社から購入している。蒸溜所では2種類のモルト原酒を製造していて、アードモア用にはフェノール値12-14ppmのピーテッド麦芽を、もう一種類のアードレイアーにはノン・ピーテッド麦芽を使用する。アードレイアーはブレンド用でシングルモルトとして製品化はされていない。

粉砕:Boby社製ローラーミル。一仕込み用12.5トンの麦芽を約2時間で粉砕する。

仕込み: 一仕込み当たりの麦芽量は12.5t、仕込みのサイクル・タイムは7時間、平均して濃度が比重1,063(糖度で15.4度)の麦汁58,600リッターを採取する。

写真3.仕込槽:1969年のNewmill社製。最近ステンレス製の仕込み槽が多い中、鋳物の側板をボルト締めで組み立てたこの仕込槽は古めかしいが、中のギアー(攪拌・粕出し装置)は上下動可能な新しいものに変えてある。

発酵:16基の発酵槽は全て木桶である。仕込みで生産される1バッチ当たり58,600リットルの麦汁全量を入れられる発酵槽が6基、他の10基は容量が半分で一仕込みの麦汁を2基の発酵槽へ入れる。使用酵母はマウリ(Mauri)社のクリーム・イースト(培養した酵母をクリーム状にしたもの)。冷却タンク・ローリーで蒸溜所に運ばれて冷蔵室のタンクで保存し、麦汁に添加して発酵させる。液状なので作業性が良い。尚、Mauri社(正式にはAB Mauri)は製パン用の原材料やパン、蒸溜酒、ワイン用の酵母を供給する会社でイングランドに本社と工場をもっている。親会社は食品・生活用品会社の世界的大手のAssociated British Foods plcである。

写真4.アードモア蒸溜所の発酵室:発酵槽は全て木桶で、カバーの中央には泡消し用のスイッチャー(鉄の回転バー)を駆動させるモーターが置かれている。発酵時間は約3日で発酵、醪のアルコール度数は8%になる。

蒸溜:蒸溜はポット・スティルのよる2回蒸溜で行われる。初溜釜は張込み容量14,700リットルが4基あり、1蒸溜当たり7時間サイクルで運転される。再溜釜は張込み容量が15,000リットル、サイクル時間は11時間である。加熱方式は2001年に石炭の直火から蒸気による間接加熱へ変更した。変更の理由は、操作性や経済性もあるが、アードモア蒸溜所では1998年に初溜釜から液漏れして、大事には至らなかったが火災を起こしている。安全性への配慮も大きな理由であった。コンデンサーはシェル・アンド・チューブ方式である。

写真5.蒸溜室の風景:写真の左側には初溜4基・再溜4基のポット・スティルが並んでいる。床面には石炭加熱時代の焚口が残っている。中央のタンクにはLW&F Receiverと表示があるが、LWはLow wine(初溜液)の事であり、FはFeints(再溜の時にカットされた余溜)で、アードモアでは初溜液と余溜液を一つのReceiver(受タンク)へ入れて、再溜する混合液をここから再溜釜へ送っている。受タンクの右側の木製のパネルの上には蒸溜中のアルコール度数を調べるSafe(検度器)がある。

貯蔵:貯蔵樽の主力はバーボン樽で、蒸溜所内で輪木積みとラック式が約半々でバーボン樽換算で約44,000丁が貯蔵されている。

歴史資料

アードモア蒸溜所は蒸溜所自体が伝統的な設備、方法と雰囲気を継承しているが、何点かの古い設備-蒸気エンジン、古いボイラーの前面板、モートン麦汁冷却器(冷却水が流れるチューブが水平に何本も走っていて、チューブの外側を熱い麦汁が流れて冷却される)等-を産業史を語る資料として保管している。現在、モートン麦汁冷却器(Morton Refrigerator)を使用している蒸溜所が一か所ある。エドラダウアー(Edradour)蒸溜所で、材質は銅からステンレスに変更されたが同じ形式の麦汁冷却器を使っている。資料4をご参照ください。

写真6.オリジナル蒸気エンジン:パース(Perth)にあったクリスタル社製で出力は7馬力。これで大麦の袋の吊り上げ、発芽した大麦をキルンへ上げるバケット・コンベアー、粉砕機、仕込み槽の撹拌機、発酵槽のスイッチャー、ポンプ類等全てを駆動させた。

アードレイアーの列石

蒸溜所の南側にアードレイアーの丘がある。丘の頂上には約2000年前の新石器-青銅器時代にこの地方を支配していたピクト人が造った環状列石の一部が残っている。蒸溜所がNon-peated麦芽を使って製造しているウイスキーのArdlairはこの丘に因んでいる。標高249mの丘は牛の放牧が行われていて、立ち入るのは農家の許可が必要である。鉄柵を開けて入って行くと数十頭の牛が一斉に逃げ出した。牛の糞を踏まないように注意して上ると、頂上にはほとんどが倒れるかお互いに寄りかかっている大小数十個の列石がある。研究によるとこの部分は直径10mほどの環状列石の一部だそうだが、他の列石はほとんど残っていない。

写真7.アードレイアーのスタンディング・ストーン(一部):列石の東端から北方を見た風景である。アードモア蒸溜所とその北のノッカンディーの丘が見える。

ピートランド保全活動

ビーム・サントリー社は蒸溜所と環境課題の総括マネジャーのアリスター・ロングウエル氏が中心になってピートランドの保全活動に取り組んでいる。ピートランドのピート層は90%以上の水分を含み水の保持能力が高いが、その湿原に生える水苔は空中の炭酸ガスを吸収してピートとして蓄積する。ピート層は1年に1㎜ずつ厚さを増し、炭素を蓄える能力が森林より高い。ピートランドの保全は地球環境に大きな意味合いを持っている。

アードモアのモルト・ウイスキー

1898年のアードモア蒸溜所建設の目的は、Teacher’s Highland Creamのブレンドに使用する為であった。以来、このブレンデッド・ウイスキーの中核モルトして使用されている。他にArdmore社のサイトによると、4種のシングルモルトが発売されているが、通常手に入るのはArdmore Legacy(40%、年数表示なし)である。ハイランド・ピートのドライなスモーキーさにフローラル、フルーティ、シナモン、バニラ等の甘い香りが入り混じり、複雑なフレーバーで、ややスモーキーさが残るしっかりした後味である。年数表示は無いが非常に評価が高い。麦芽の乾燥に石炭が使われる以前はどの蒸溜所もピートを燃料にしていたが、その時代の面影を残すクラシックである。

謝辞:今回の記事の取材にご協力いただきましたBeam Suntory UKのAlistair Longwell, George Forsyth, サントリーの高木、高橋、浅田の各氏に厚く御礼申し上げます。

  • 参考資料
  • 1. Macilwain, Ian (2011). Ardmore Distillery, A Portrait, Broombank Publishing Publishing, Aberdeen.
  • 2. Ardmore Highland Single Malt Whisky (ardmorewhisky.com)
  • 3. Learn about AB Mauri and our 150 year baking heritage
  • 4. Whiskipedia | What is a Mortons Refrigerator?
  • 5. Ardlair | Canmore
  • 6. Suntory and Beam Suntory Announce Major Commitment to Restore and Conserve Peatlands & Conserve Watersheds in Scotland