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稲富博士のスコッチノート

第12章 Pot蒸溜-その3

スコッチウイスキーの品質を考える時、グレインウイスキーや樽による熟成も不可欠な要素だが、Potで蒸溜されるモルトウイスキーが最も大切な位置を占めている事は疑いがない。この古くから行われてきたPot蒸溜についての見方は、立場によって次のようになるそうだ。

1. 化学工学のエンジニア・・・・原始的で粗雑なやり方。
2. ケミスト(化学者)・・・・複雑で難解、手におえない。
3. 財務担当者・・・・コストが高い。
4. 蒸溜所のおやじ・・・・なんだか知らねーが商売道具の魔法の箱。

これらはいずれも正しい。一見単純に見えるPot蒸溜だが、その中で実際に起こっている物理的、化学的な現象は非常に複雑で、品質との関係はずっと謎のままだった。まさに、スコッチのMystique(神秘、秘法)の中心部分である。この複雑・怪奇なブラック・ボックスであったPot蒸溜も、最近科学的な解明が進み、品質との関わりが相当理解されるようになってきた。今回のテーマは“Pot蒸溜の科学-銅の秘密"である。

1. 経験的知見

Glenburgie蒸溜所のPot Still:釜の最上部からスピリッツの蒸気を冷却器に導くライン・アーム(Lyne Arm)は僅かだが上を向いている。Glenburgie Maltのエレガントなフルーティーさの原因の一つである。

メカニズムは不明でも、Distillerは多くの経験的な知見を持っていた。曰く、

1. 小型の蒸溜器からは、すっきりした良いスピリッツが出来る。
2. 背の高い蒸溜器のスピリッツの香味は軽く、ずんぐりした背の低い蒸溜器のスピリッツは重い。ライン・アームが上を向いているとスピリッツは軽くなり、下向きの場合は重くなる。
3. 再溜時の前溜から本溜、本溜から後溜への切換えタイミングは決定的に重要。
4. 直火加熱と蒸気の間接加熱では、直火の方が風味が重い傾向にある。
5. 蛇管式(Worm)の冷却装置の方が、多管式(コンデンサー)よりスピリッツはヘビーになる。
6. 冷却器の手前にピューリファイヤーを置くとクリーンなフレーバーになる。
7. 冬に蒸溜したスピリッツは夏のものより重い。
8. 休醸後のスピリッツは軽い。

等である。品質は蒸溜だけで決定されるものではないが、蒸溜工程における一般則としては概ね正しいと思われる。

2. 決定要因の整理

品質に影響を与えると考えられる要因をもう一度整理してみると、下記の表のようになる。これらの要因は単独で、または他の要因とも複雑に絡み合って蒸溜所固有の品質を造っているのである。

3.科学的知見の例

モルトウイスキーの蒸溜釜や冷却装置は例外無く銅製である。当初は「加工がやり易い」が、銅が用いられた最大の理由であったが、その後の経験の中で、銅は単に容器の材料ではなく、良質のスピリッツをつくるのに必須であることが理解されてきた。例えば、銅釜や冷却装置はよく腐食し、数年で補修が必要になる。それならばと、ある蒸溜所で冷却装置を近代的素材のステンレス・スティールに換えてみたところ、蒸溜室には卵の腐ったような異臭が立ち込め、出来たスピリッツは全く飲めない代物であった。では何故銅が必要なのか、品質にどのように関わっているのだろうか。最近その原因が解明された研究事例があるので、それらを2つ紹介したい。

(事例-1) 冷却装置とウイスキーの品質

蒸溜所によるスピリッツ中の銅含量の違い

Dallas Dhu蒸溜所の冷却器。蒸溜器から出たウイスキーの蒸気は、この大きな木桶の中の水中に漬された銅製の蛇管で冷やされ液体に戻る。右側が初溜用で左が再溜用。

Miltonduff蒸溜所のPot Still:ずんぐり、むっくり型でストレートなPot Still, 下向きのライン・アームを持つ。重い成分の還流が少なく、しっかりした、やや重い風味のウイスキーが出来る。

Toremore蒸溜所のPot Stillのピューリファイヤー。スワン・ネックと細長い縦型コンデンサーの間にある円筒形のものがピューリファイヤー。スピリッツ中の重い成分はこのピューリファイヤーで補足され釜へ還流する。スッキリした香味のウイスキーが出来る

蒸溜室の検度器:2回目の蒸溜の再溜では、前溜から本溜、本溜から後溜への切替えに細心の注意を払う。ぴかぴかに磨き上げられた検度器はスティルマンの心意気を表していて、さしずめ“武士の刀"といったところ。(Miltonduff1蒸留所)

図-2は、蒸溜されたスピリッツ中に含まれる銅の濃度を測定し、蒸溜所別にプロットしたもので、これにより次のような知見が得られた。

ア. スピリッツ中の銅濃度は蒸溜所によって大きな違いがある。
イ. 銅濃度の低いスピリッツは何れも蛇管式の冷却装置を持つ蒸溜所のもので、反対に銅濃度の高いスピリッツは多管式冷却装置の蒸溜所で蒸溜されていた。
ウ. 銅濃度の低いスピリッツの品質はミート(肉)様、硫黄様の特徴がありヘビーなタイプ、銅濃度の高いスピリッツの品質はエステリー、草様で軽いタイプである。

N. G. Cochrane氏のこの研究は、銅がウイスキーの成分と反応してウイスキーのタイプ・品質を決めていることを明確に示した、あっと驚くほどの見事な分析である。

それでは何故蛇管式では銅濃度が下がり、多管式では銅濃度が高くなるのだろうか。蛇管式では実は冷却効率が悪く、冷却水を多量に流して蛇管の温度を低く保つ必要がある。この為蛇管に入ってきたウイスキーの蒸気は低い温度の蛇管に接触してすぐ液体に戻り、気体状態での銅との接触時間は短い。反対に広い冷却面積を持つ多管式では、冷却水の流量を押さえられるが、スピリッツの蒸気が冷却管に当たる時の温度は高く又気体状態での銅との接触時間が長くなる。ウイスキーの成分と銅との反応はウイスキーが蒸気の状態で銅と接触する時に起こるので、接触温度が高く、時間が長いほど反応度合いは高く、銅がウイスキー中に溶出するのである。

(事例-2) 品質の季節変動

ある蒸溜所で、
1. 蒸溜器から出てくるスピリッツの温度。
2. 蒸溜されたニューウイスキー中の銅濃度。
3. 官能による品質。

を年間を通じて測定した。冬から夏に向かって、スピリッツの温度が上昇するに従ってスピリッツ中の銅濃度が上がり、品質も冬場のミーティー(肉様のにおい)から夏はフルーティー、草様、化粧品様に変化していた。夏から冬にかけての変化はこの反対であった。これは、同じ蒸溜所であっても品質には季節変動があること、その原因は冷却温度が高いと銅とウイスキーの成分の反応が促進されることによると考えられる。 「冬のウイスキーの酒質は重く、夏には軽くなる」のも、銅が関与していたのである。因みに、Isay島にあるLaphroaig蒸溜所では年間を通じて気温、水温の変動が小さく、品質が非常に安定している蒸溜所である(“Laphroaig does not make seasonal whisky"-前マネージャーIan Henderson氏)。

次の疑問は、銅濃度と品質のタイプの関係は何か。そのメカニズムは、銅はスピリッツ成分の硫黄化合物と反応してそれらを分解し、ミート様、サルフリー等の重い感じのフレーバーを減少させると同時に、銅自体はスピリッツに溶出するのである。この硫黄化合物の例はジメチル・サルファイド類で特に硫黄原子を3つ含んだ化合物(DMTS)は低い濃度でも感じられるし、貯蔵中も中々減少しないので、品質への影響が大きい。

上に述べた銅の働きに関する研究は実際の蒸溜所に応用され、次のような成果を上げている。

1.品質の向上
例えばエステリーやミーティー等の香りの増減が出来、目標とする品質を達成した。
2.品質の安定性
冷却水温、生産スケジュールなどをコントロールすることで、品質の変動を小さくする事が出来た。

このように、蒸溜の科学的な解析は非常に興味深い知見と、実用的な価値をもたらしているが、まだ緒についたところである。今回は紙面の関係で紹介出来なかったが、図1の品質要因で示したように、銅の働き以外にも多くの要素が品質に関わっている。重要なものとして、蒸溜器の形や操作条件がリフラックス(還流)に与える効果、再溜時の余溜カットの仕方、直火と蒸気加熱等がある。Pot蒸溜の科学の奥は深く、今後の発展が期待されるところである。