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稲富博士のスコッチノート

第103章 バランタイン・ウイスキーの話―その4.ストラスクライド蒸溜所

写真1. ストラスクライド蒸溜所:グラスゴーを東西に流れるクライド川の北岸から望んだ蒸溜所。高い煙突から出ている白煙は副産物の乾燥行程から出てくる水蒸気である。

モルト・ウイスキーの蒸溜所がスコッチ・ウイスキーの顔である事は間違いない。長い歴史、ローカル色、多くの物語に彩られ、独特の佇まいの中に何やら魔法めいた赤銅色のポット・スティルが鎮座していて曰く因縁が深そうである。そこで生み出されるシングル・モルトは、個性的な味わいでウイスキー愛好家を惹き付けている。

実はもう一つ、ほとんど語られることも無く隠れた存在なのだが、スコッチ・ウイスキーにとってモルトと同じくらい大事なウイスキーがあり、それがグレーン・ウイスキーである。グレーン・ウイスキーは、ほぼ全量がモルト・ウイスキーとブレンドされてブレンデッド・ウイスキーになる。近年、世界中でモルト・ウイスキーが人気であるが、現在でもスコッチ・ブレンデッド・ウイスキーの消費量はモルト・ウイスキーの9倍に上る。スコッチ・ブレンデッド・ウイスキーとして世界第二のブランドであるバランタインのストラスクライド・グレーン蒸溜所訪ねた。

スコッチ・グレーン・ウイスキーの定義

ストラスクライド蒸溜所でつくられているウイスキーは、グレーン・ウイスキーである。その定義は下記の様になっている。

表1. グレーン・ウイスキーの定義

スコッチ・ウイスキーは、貯蔵されて製品になる前まで、シングル・モルト・ウイスキーとシングル・グレーン・ウイスキーの2種類しかない。シングル・モルト・ウイスキーは、大麦の麦芽のみを原料として糖化・発酵しポット・スティルで蒸溜されるが、グレーン・ウイスキーは発芽させていない穀類を麦芽で糖化・発酵させ、ポットまたは連続式蒸溜機で蒸溜したものである。また原料が麦芽100%であっても発酵した醪を連続式蒸溜機で蒸溜すればグレーン・ウイスキーと定義されている。このうち、ポット・スティルでグレーン・ウイスキーを蒸溜する方法は19世紀末頃までスコットランドのローランド地方で広く行われていたが、連続式蒸溜機の普及とともに消滅している。アイリッシュ・ウイスキーのポット・ウイスキーは、大麦を最低30%、麦芽も最低30%を原料とし、ポット・スティルで蒸溜することを義務付けている。麦芽100%の醪を連続式蒸溜機で蒸溜することも19世紀に相当行われ、またあるスコットランドの蒸溜所は製品も出していたが、法律が変わってシングル・モルトの表示が出来なくなっている。現在、グレーン・ウイスキーと言えば、特に断りが無い限り発芽させていない穀類を麦芽で糖化して発酵させた醪を連続式蒸溜機94.8%以下で蒸溜し、オークの樽で3年以上貯蔵したものを指す。

所在地
ストラスクライド蒸溜所はグラスゴー市内のゴーバルス(Gobals)地域にある。周辺は、多くのモルト蒸溜所のように風光明媚、平和で豊かな田園地帯ではない。むしろその正反対で、グラスゴー市内の衰退した元工業地帯にある。グラスゴー市の中心部から南東へ小半時も歩くと、15世紀に開かれたというグラスゴーで最も古い公園であるグラスゴー・グリーンに着く。

写真2. グラスゴー・グリーンとネルソン記念塔:公園の中央に立っているのが、ネルソン記念塔である。高さ44メーターのこの塔は、ネルソンがトラファルガーの戦いで戦死した一年後の1806年に民間の募金で建てられた。

現在のグラスゴー・グリーンは良く整備され美しい。公園の北東部周辺はイースト・エンド、クライド川を挟んで南側がゴーバルス地域で、産業革命後の19世紀初頭から石炭、鉄鋼、機械工業、窯業、紡績等の工業地域となり、多くの労働者が流入した。近代社会の基礎となった産業革命による急速な発展は地域に歪をもたらし、多大な社会コストを払わせることにもなった。過酷な労働条件、急激な人口増加による劣悪な生活環境は、治安や衛生状態の悪化、貧困等様々な問題をもたらした。第二次大戦後には産業の衰退に伴い失業者が増加して問題の深刻化に拍車をかけ、街頭犯罪の多さからNo go areaと言われた。こういった状況は、19世紀から労働者階級の支配階級に対する反発となって現れ、グラスゴー・グリーンは長年多くの政治集会やデモの場となり、暴力革命の演習を行っていた過激派は警官や軍隊と衝突し流血の惨事を招いた。グラスゴーの工業地帯の労働者と労働組合は最もマルキシズムの影響を受けたと言われているが、奇しくも今年はカール・マルクス生誕200年にあたる。

しかしながら、ゴーバルス地域は近年グラスゴー市の懸命な努力もあって、ずいぶん改善が進んだ。文化を通じた環境改善も図られ、その一環としては毎年8月に世界バグ・パイプ・チャンピオン・コンテストが開催される。このコンテストは1948年に始めてグラスゴーで開催され、1984年からは毎年ここで開かれている。グラスゴー・グリーンのイベントも平和になった。ストラスクライド蒸溜所も従業員は25人ほど、多くはないが雇用を提供することで地域に貢献している。

写真3. World Pipe Band Championship Glasgow:2017年のコンテストには世界15ヶ国の219のバンド、8000人のパイパーが参加し、2日間で35,000人の観客が集まった。 写真はhttps://www.theworlds.co.uk/pages/home.aspxより。

ストラスクライド蒸溜所のあるゴーバルスは、グラスゴー・グリーンの南岸に沿って東西に流れているクライド川の反対側にあり、グラスゴー・グリーンからは、1855年に架けられたセント・アンドリューズ橋を渡ってすぐの所にある。

ストラスクライド蒸溜所の歴史

蒸溜所の歴史は、ロンドンのジン・メーカー、シーガー・エヴァンス(Seager Evans)社が、閉鎖されていた紡績工場を買い取り、そこに蒸溜所を建てた時に遡る。1928年から操業を開始し、グレーン・ウイスキーとジン用のニュートラル・スピリッツをほぼ半々製造した。当時の蒸溜能力は2,800klであったから、現在のストラスクライド蒸溜所の14分の1というごく小型の蒸溜所であった。以後、幾多の変遷を経て現在に至っている。

1956年: アメリカのシェンレー・インダストリーがシーガー・エヴァンス社を吸収。製造能力は13,000klまで拡大。

1957年: 蒸溜所内に、キンクレイス(Kinclaith)モルト蒸溜所を併設。

1970年: シーガー・エヴァンス社、ロング・ジョン・インターナショナルへ再編。

1973年: 蒸溜所を完全にスクラップし新蒸溜所の建設を開始。

1975年: シェンレー社、ロング・ジョン・インターナショナルを英ビール会社のウイットブレッド(Whitbread)社へ売却。

1976年: キンクレイス・モルト蒸溜所閉鎖・解体。

1988年: ロング・ジョン・インターナショナル はジェームス・バロー・ディスティラーと改名。

1990年: アライド・ライオンズ社が、ウイットブレンッド社からジェームス・バロー・ディスティラー社を買収。

2005年: ペルノ社がアライド・ドメックを買収。能力を39,000klへ増強。

写真4. 旧キンクレイス・モルト蒸溜所の表札:蒸溜所内には、1976年に解体されたキンクレイス蒸溜所の表札が保存されていた。STRATHCLYDE& LONG JOHN DISTILLERIES LIMITED KINKLAITH 1957 DISTELLERY GLASGOWとある。因みに、1960年代にごく少量瓶詰めされたこの蒸溜所のシングル・モルト製品は、現在の市価は1本15万円くらいである。

蒸溜所の現在

モルト蒸溜所と異なり、グレーン・ウイスキーの蒸溜所はまさに工場である。穀物を発酵し、蒸溜でアルコール分を取り出すのだが、その有様は化学プラントに近い。ブレンデッド・ウイスキーのベースになるグレーン・ウイスキーに求められているのは風味の個性ではなく、穏やかで、モルトと良く調和する安定した品質であり、これを出来るだけ効率的に生産するのが蒸溜所の役割である。

蒸溜所の概略は下記の通りである。

仕込み・発酵
原料:主原料は主としてスコットランド産の小麦、それに糖化用に酵素力の高い麦芽を約10%使用する。小麦をハンマーミルで微粉砕し、95℃で蒸煮する。温度を63℃に下げて同じく微粉砕した麦芽を加え澱粉を糖化し、更に温度を22℃に下げて発酵タンクに送る。

写真5. ストラスクライド蒸溜所の発酵タンク。300klのステンレス製で、全部で14基ある。発酵時間約55時間、最終の温度は約33℃まで上昇し、アルコール分約9%の発酵醪となる。

蒸溜
グレーン・ウイスキーは連続式蒸溜機で蒸溜する。ストラスクライド蒸溜所の蒸溜機はカフェー・スティルでなく、近代的なカラム・スティルである。伝統的なカフェー・スティルが角型をしているのに対してカラム・スティルは円筒型である。1830年に発明されたカフェー・スティルが角型をしているのは、当初の設計が角型であったのと、一時期木で造られたという経緯であり、円筒形の方が合理的である。又、材料も最近は耐久性に優れたステンレスが使われるが、ポット・スティルやコンデンサーを銅製にして、醪中の硫黄成分を減らしているのと同じ理由で、ストラスクライド蒸溜所も二塔ある蒸溜塔のうちの精溜塔と、精溜塔の上部コンデンサーを銅製にしている。

スコットランドで最初にカフェー・スティル以外の連続式蒸溜機を導入したのはバランタインのダンバートン蒸溜所で1938年の事であった。当時、保守的なスコッチ・ウイスキー業界にカナダから乗り入れたハイラム・ウォーカー社は、あえてアメリカで設計されたカラム・スティルを持ち込みカフェー・スティルに挑戦した。ダンバートン蒸溜所は2002年に終了したが、ストラスクライド蒸溜所は、奇しくもダンバートンと同じやりかたを踏襲したことになる。尚、現在スコットランドにはグレーン・ディスティラリーが7蒸溜所あるが、その内カフェー・スティルを使用しているのは2蒸溜所で、残り5蒸溜所はカラム・スティルを使用している。

写真6. ストラスクライド蒸溜所の蒸溜室:円筒形の塔は、左から醪塔 (Analyser), 精溜塔 (Rectifier)、その右は醪塔で発生したウイスキーの蒸気を精溜塔の底部に吹き込む導管である。

蒸溜は、まず発酵醪を醪塔の上部へ入れ、下部から水蒸気を吹き込んでアルコール分を分離する。醪塔の内部は19段のトレーといわれる多穴板で仕切られていて、上部から流下してきてトレーの上に広がっている醪の層に、下から登ってきた蒸気が穴を通じて吹き込まれ、醪中のアルコール分が蒸発する。アルコール分の蒸発でアルコール分が少なくなった醪は下のトレーへ流下する。蒸発したアルコールで濃度が高まった蒸気は、上部のトレーへ吹き上がり更にアルコール分を高め、塔の最上部ではアルコール分約40%を含む蒸気となり、導管を通じて精溜塔の下部へ吹き込まれる。一方、下方へ流れて行った醪はトレーを流下するにしたがってアルコール分を失い、塔の最下部に達したときにはアルコールはほぼセロの廃液となる。

精溜塔は56段あり、アルコール濃度を高める原理は醪塔と同じである。精溜塔の最頂部ではアルコール分は95度に達するが、製品となるグレーン・ウイスキーのスピリッツは最上部より2段下のトレーから94.7%で取り出す。モルト・ウイスキーに比べると、グレーン・ウイスキーは精製度が高まっている分、副成分の含量は少ないが、それでもニュートラル・スピリッツとは異なり、種々の高級アルコール、エステル、アルデヒド等の香気成分を含んでいる。これらの副成分は精溜塔の中で異なった場所に分布しているので、製品中に目標とする濃度で含まれるように蒸溜方法や取り出しトレーを調整する。

製造されたグレーン・スピリッツは、キルマリッド・プラントへ送られ、そこで樽詰めされてからダンバートン周辺の貯蔵庫で貯蔵・熟成されてバランタインやシーバスのブレンドに使用される。

尚、全体からすれば微々たる数量であるが、ここ数年、シングル・グレーン・ウイスキー製品が静かなブームである。ネット販売大手のThe Whisky Exchange社のサイトで35製品がリストされていて、ストラスクライド・シングル・グレイン・ウイスキーもペルノ社の瓶詰めではないが含まれている。

参考資料
1. Murray, D. (2014). Grain whisky distillation. In: Whisky Technology, Production and Marketing. Inge Russell and Graham Stewart (Eds.), pp. 179-198. Academic Press Elsevier
2. Whiteby, B. R. (1992). Traditional distillation in the whisky industry. Ferment, Vol 5, Number 4, August, pp.261-267.
3. Robson, Frank (2007). The search for higher output. The Brewer and Distiller International, Vol.3, Issur 4, April 2007, pp.19-21.
4. https://www.agriculture.gov.ie/media/migration/foodindustrydevelopmenttrademarkets/geographicalindicationsprotectednames/IrishWhiskeytechnicalfile141114.pdf
5. https://scotchwhisky.com/whiskypedia/2011/strathclyde/
6. https://www.glasgow.gov.uk/CHttpHandler.ashx?id=31491&p=0
7. https://www.theworlds.co.uk/pages/home.aspx
8. https://www.thewhiskyexchange.com/c/310/grain-scotch-whisky