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稲富博士のスコッチノート

第83章 ロンドン・ジン-2ビーフィーター

1.ビーフィーター蒸溜所

以前、ほぼ全ての大手ジン・メーカーが操業していたロンドンで、今でも名実とも正真正銘のロンドン・ジンを作り続けている大手はビーフィーター(Beefeater)社1社だけである。その蒸溜所を訪問した。蒸溜所は、テームズ川の南側、地下鉄のヴィクトリア・ラインのヴォクソール駅から徒歩で約15分、ケニントン地区のモントフォード・プレイスにある。

ビーフィーター社の略歴

2.ジェームズ・バロー:1835年デヴォン州生まれ。薬学を修める。研究熱心で、薬学の知識を生かして、ビーフィーター・ドライを始め多くのレシピを開発した。1897年没

19世紀の中頃の事である。英国南西部のデヴォン州から一人の若い薬剤師が、将来の夢を託してカナダへ旅立った。後にビーフィーター社を興すことになったジェームズ・バロー(James Burrough)である。カナダのトロントで薬局を経営して成功を収めたが、1860年代の初めにロンドンへ戻り、1863年にJohn Taylerが持っていたチェルシー蒸溜所(Chelsea Distillery)を買い取った。この蒸溜所は1820年創立の古い蒸溜所である。ジェームズ・バローはこの蒸溜所で、ジンとキュラソー、マラスキーノ、チェリー・ブランデーなどのリキュールを製造していた。

薬学の知識のあるジェームズ・バローは、ジンの命ともいえるボタニカル(草根木皮)の配合に研究と開発を重ね、1879年にはジンでは初めてセビル・オレンジ(Seville Orange)のピールを使って、力強く柑橘系のフレーバーが豊かなビーフィーター・スタイルのジンを完成させた。

バローズは、この新しいジンをあくまでロンドンのジンにしたいと考え、ネーミングにロンドンの象徴であるビーフィーターを採用した。ビーフィーターは、ロンドン塔のガードを務める国王衛士のニックネームで、正にロンドンの象徴と言って良い。ビーフィーター・ジンは発売直後から大成功し、間もなくバローズ社の旗艦商品に成長した。

ジンに用いられるボタニカルは、ほとんどが生薬でもあり、薬学に通じたバローズには造詣が深い分野であった。科学的知識と開発力、深い洞察と情熱、優れた経営力をもったバローズであったが、1897年に62歳で逝去している。

20世紀に入ると、海外への輸出も始まり、生産能力拡張の為工場はチェルシーからランべス(Lambeth)へ移転、1958年には現在のケニントンに移っている。以後、品質に対する高い評価とともに販売は伸び、昨年の年間販売量240万打はプレミアム・ジンのトップである。

マスター・ディスティラー

3.オフィスのデスモンド・ペイン氏:マスター・ディスティラーの仕事は、原料のチェックから製造工程と品質の管理、新製品の開発と多岐に及ぶ。これらを一人でこなす精力的な仕事ぶりである

ビーフィーターの高い品質を支えているのがマスター・ディスティラーのデスモンド・ペイン氏である。ジン作りの長い経験と知識、真摯な仕事ぶり、立派な業績と並んで、暖かい人柄で関係者の尊崇を集めている当代No.1のマスター・ジン・ディスティラーである。

ペイン氏はジンの世界で約40年のキャリアを持つが、最初の職場は高級百貨店ハロッズのワイン部門であった。その後、ロンドンのジン・メーカー、シーガー ・エヴァンス(Seager Evance & Co)を経て、プリムス・ジンで25年勤務し1995年からビーフィーターのマスター・ディスティラーを務めている。ペイン氏の管理下で「ビーフイーター・ロンドン・ドライ・ジン」は「国際的コンペで最も多くの賞を獲得したジン」として知られるようになり、又近年彼が開発した「ビーフィーター 24」や「バローズ・リザーブ」も非常に高い評価を得ている。そのペイン氏の案内で蒸溜所を見学した。

ボタニカル

1.ジュニパー・ベリー
ジンの製造にジュニパー・ベリーは必須だが、その他用いられるボタニカルの選定と配合はジン・メーカーによって異なり、製品にブランド独自の香味を与える。ビーフィーター・ドライ・ジンに使われるボタニカルは9種。アルファベット順に、アーモンド、アンジェリカ・シード(Angelica seed)、アンジェリカの根(Angelica root)、コリンアンダー・シード(Coriander seed),ジュニパー(Juniper), レモン・ピール(Lemon peel=レモンの皮を乾燥させたもの) 、リコリス(Liquorice=甘草),セビル・オレンジのピール(Seville orange peel=セビル・オレンジの皮を乾燥させたもの)とそれにオリスの根(Orris root=におい菖蒲の根)である。

ジン独特の清涼感と松脂様の香味は、ジンの命とも言うべきジュニパー・ベリーに由来する。ベリー(イチゴ)という名がついているが、イチゴとは全く無縁の針葉樹の小さな松毬を乾燥されたものである。北半球に広く分布しているが、ビーフィーター・ジンに用いられるジュニパー・ベリーは、主としてイタリアのトスカナ地方の山野に自生しているものを使う。収穫は秋に行われる。ジュニパーの実は、二夏と一冬を越して完熟するので、この時期、木にはまだ1年ものの緑色の若い実と、紫色に完熟した実の両方が生っていることになる。

ジュニパーの収穫は完全に手作業による。実が生っているジュニパーの枝の下にバスケットを入れて枝を木の棒で叩くと、完熟した実だけが落ちてくるので、それを受けるのである。集められたジュニパー・ベリーは異物を除いて乾燥させ袋詰めされてロンドンへ送られる。

ジュニパーは天然物なので、その品質は収穫される場所や年によって変化する。ビーフィーターのように大量に必要とする会社にとって規格にあった良品を確保するのは結構大変である。収穫された何百というロットから、品質をチェックして規格に会うものだけを購入することと、手持ちの在庫も含んでブレンドすることで品質の安定を図っているのである。

4.セビル・オレンジ:ビーフィーターに使うピールはスペイン南東部のムルチアで特別に栽培されたもので、皮を剥いてからスペインの強い太陽で数日乾燥させ、香気成分をしっかり閉じ込める。
Acknowledgement:
http://www.bbc.co.uk/radio4/womanshour/

2. オレンジ・ピール
ビーフィーター・ジンのフレーバーにとってジュニパーと並んで重要なのが、オレンジ・ピールである。オレンジ・ピールの元のオレンジはセビル・オレンジ(Seville orange)、別名ビター・オレンジともいわれ、地中海地方で広く栽培されている。その厚い果皮はペクチンと油分に富み、オレンジ・マーマレードの原料に使われる。

ジンのボタニカルに、最初にオレンジ・ピールを配合したのはビーフィーターの創業者ジェームズ・バローで、オレンジ・ピールはビーフィーター・ジンに、特有のゼスティー(Zesty)と表されるオレンジ特有の生き生きした柑橘系の香りを与えている。

5.ビーフィーター蒸溜所のボタニカルの貯蔵庫:世界各地から集められたボタニカルはこの低温貯蔵庫で保管され、レシピに従って計量して蒸溜に使われる。貯蔵庫内は、多様なボタニカルの香りがまるで百花繚乱という感じで満ちていた

蒸溜

6.ビーフィーターの蒸溜室:この蒸溜室に5基、奥の壁の向こう側に更に2基の蒸溜釜がある。一番右側の小さな蒸溜釜は、1820年に操業を始めたチェルシー蒸溜所から来たもので、その容量はわずか268リッター。バローズ・リザーブの蒸溜に用いられた

ジンの蒸溜は、ボタニカルをスピリッツと一緒に蒸溜するが、その蒸溜方法は大きくは2種類に分けられる。一つは、ボタニカルを一定時間スピリッツに浸漬してボタニカルの成分をスピリッツに溶出させてから蒸溜する浸漬法で、もう一つはカーターヘッド・スティル(Carterhead still)というタイプの蒸溜機を用いる方法である。この方法では、ボタニカルを入れた銅の籠がスティルの上部に吊るしてあり、蒸溜中にアルコールの蒸気がこの籠の中のボタニカルを通過する時にボタニカルの香気成分が抽出される仕組みである。ビーフィーター・ジンの蒸溜は浸漬法を採っているが、カーターヘッドを採用しているジン・メーカーも何社かある。

7.蒸溜中のジンの品質をチェックするペイン氏:本溜中のジンの溜液は無色透明だが、加水すると左下に見えるグラスのように白濁する。高い度数のアルコールには溶けるが、低度数のアルコールには溶けないオイルが析出するためである

ビーフィーターで使うスピリッツは純度の高いグレーン・スピリッツで、ポットスティルでアルコール度数を60%に調整した後、ボタニカルを加えて24時間浸漬する。蒸溜は7時間かけて行うが、ウイスキーの再溜と同じようにまず前溜部分をカットし、アルコールが約80%に達した時点から本溜液を採取する。この切り替えは単に度数によるのではなく、溜液のサンプルをテイスティングして行う。本溜中のアルコール度数は約80%をキープするが、後半に度数が下がり始めたら本溜を中止して後溜に切り替える。ビーフィーターではウイスキーと異なり、前溜と後溜はリサイクルせずにアルコールの回収業者に売却している。

ビーフィーターの蒸溜はゆっくりしたプロセスである。浸漬に丸1日、蒸溜は7時間だが、一日に一回しか行わないので、釜の回転は実際には2日に一回である。ロンドンのビーフィーター蒸溜所には瓶詰め設備はなく、蒸溜されたジンはジン・コンセントレートの状態でスコットランドのグラスゴー近郊にあるキルマリッド・プラントに送られ、そこでニュートラル・スピリッツとブレンドし度数を調整して瓶詰めされる。

ビジター・センター

8.ビーフィーター・ビジター・センター階段室のカクテル・リスト:著名カクテルから初めて見るものまで全部で97カクテルの名前が書かれている。みんな飲んでみたい気分になる

ジンの蒸溜所は、長年一般見学者を受け入れてこなかったが、ビーフィーター蒸溜所は業界に先駆けて今年の5月に新しくビジター・センターをオープンした。消費者の学習意欲が盛んな現在、実際に製品が作られる所を経験してもらい、自社製品はもとより、ジン全般に関する理解を深めてもらうのは会社の大切な業務であるとの判断である。

適度にモダーンで瀟洒な受付の後、ジンとビーフィーターの歴史の展示室に入る。ジンの発展とその社会的背景を分かりやすく解説した展示は非常に充実していて、ゆっくり見ていると1時間はすぐ経ってしまう。コースの最後は、蒸溜室を見上げるゲストルームでの試飲で、ここで飲むビーフィーターのジン・トニックは格別の味であった。

帰りの階段の壁にはジンを使ったカクテルがぎっしり書かれている。ペイン氏に‘いくつ書いてあるの?’と聞いたところ、‘さあ、数えてみないと分からないが、自分が数えるのは、やーだね’という答えだった。それでも後で、全部で97と教えてくれた。ジンはやはりカクテル・ベースの王者である。

筆者はウイスキー屋なので、いままでジンのようなホワイトスピリッツにはあまり興味がなかったのだが、今回ジンの世界に触れてみてその奥深さに非常に感銘を受けた。ジンも色々あるし、ジンの向こうにはカクテルの世界が広がっている。また飲むものが増えた。

参考資料
1.London Gin The Gin Craze. Thea Bennett. Gordon Guides Press, 2013
2.http://beefeaterdistillery.com/
3.http://beefeater.jp/home/index.html
4.http://en.wikipedia.org/wiki/Beefeater_Gin
5.http://www.thespiritsbusiness.com/2014/05/beefeater-visitors-centre-opens-in-london/
6.http://www.gintime.com/features/harvesting-juniper-and-orris-in-tuscany/