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稲富博士のスコッチノート

第84章 動力―3

1.ロングモーン蒸溜所の発酵室

現在、家庭、工場、鉄道の動力源は殆どが電気である。電気は動力だけでなく照明、AV機器、パソコンにも使われ、現代の文明社会は全面的に電気によって成り立っていると言ってよい。ウイスキー蒸溜所で、人、家畜、水車、蒸気エンジンと変化してきた動力がいつ電力に変わっていったのかは実は良く分からないが、おそらくほんの7-80年程前からと思われる。

写真1は、バランタインのブレンドにも使われているロングモーン(Longmorn)蒸溜所の現在の発酵室の様子である。整然と並んだ10基の発酵槽全ての上部に設置されている朱色の電気モーターは、発酵中に激しく上ってくる泡を、幅数㎝、長さ片側2-3mのスイッチャ―といわれる金属製のバーを回転させて、泡が発酵槽の上部から溢れるのを防ぐためのものである。

ロングモーンのような近代的な発酵室では、発酵中の泡の上昇をセンサーがキャッチすると自動的にモーターが駆動してスイッチャ―が回転する仕組みになっているが、往時は人が箒で泡を叩いていた。通常日中に仕込みを行うと盛んに泡が上がる発酵の最盛時は夜中に来て長時間続くので、夜間の勤務者には照明とて暗いランプしかない中大変な作業だった。

下記サイトをクリックして写真をご覧ください。

http://canmore.rcahms.gov.uk/en/details/519622/

この写真は、同じくロングモーン蒸溜所が水車と予備の蒸気エンジンを使っていた時代の発酵室である。蒸溜所の動力源は一カ所の蒸気エンジンだけだったので蒸溜所の中にシャフトを通して動力を伝え、シャフトのプーリーからベルトでスイッチャ―を動かした様子が良く分かる。ウインチ、ベルトコンベアー、粉砕機、仕込槽、ポンプ等の機器も同じようにシャフトから動力を取って動かした。

蒸溜所での電気の導入

2.グレン・グラント蒸溜所:スコッチの蒸溜所で最初に自家発電を設置し電気を照明に利用した。写真は、最良のスピリッツを蒸溜したといわれた再溜釜の‘Wee Gordie’

ウイスキー蒸溜所で、最も早く電気を導入したのはRothesにあるグレン・グラント(Glen Grant)と言われている。1880年代後半にスコットランドとアイルランドの全てのウイスキー蒸溜所を訪問したアルフレッド・バーナードは、グレン・グラント蒸溜所を訪問した時に「14馬力と24馬力の2台の蒸気エンジンがあり、ダイナモ(発電機)を回して得られる電気を蒸溜所内とオーナーであるMajor Grant(グラント大佐)の邸宅の照明に使っている。北スコットランドの製造業で初めてのことである」と記している。

自家発電はまず照明に用いられたが、このニーズが最も高く(スコットランドの冬の夜は長く午後3時から翌朝9時までは暗い)、また動力に利用するには発電能力、モーターの設備費、コントロール技術、燃料費等を考慮すると無理があったと思われる。動力は依然として蒸気エンジンや水車(初溜釜のラメジャーは、ワーム・タブの上部から排出される冷却水で小さな水車を回し駆動した)であった。

3.19世紀終わり頃の発電機:グラスゴーのMavor & Coulson社製。プレートに210ボルト、86アンペアとあり、約18kW(=24馬力)の出力。グラント大佐がグレン・グラント蒸溜所に導入した発電機はこのようなものだったと思われる

当時の発電機はどのようなものだっただろうか、どこかの蒸溜所で残されていないか相当調べたが見つからなかった。グラスゴー市の博物館の収蔵庫(Resource Centre)に当時の発電機があると聞いたので見にいった。グラスゴー市の博物館は、1901年建設のKelvin Grove Art Gallery and Museumと2011年に旧交通博物館を移設したRiverside Museumの両博物館が著名であるが、通常展示されているのは市が保有している美術品や博物資料の2%に過ぎず、残りの98%はリソース・センターに保管されている。このリソース・センターは、一般公開はされていないが申し込めば見学可能である。

リソース・センターは、増え続ける収集品の保管と研究、見学希望者にも公開する目的で2003年に建設された。考古学、美術品、武具、自然史、輸送とテクノロジー、世界文化等17の部門に分かれていて、収蔵品の総数は140万点である。目指す初期の発電機は輸送とテクノロジー部門に置かれていた。

ダラス・デュー蒸溜所

4.ダラス・デュー蒸溜所の配電盤:わずかなメーターと手動式のスイッチがあるだけの基本的な仕様。この配電盤が設置される前はこの部屋には蒸気エンジンが置かれていた。

この1983年まで稼働し、1993年から博物館として一般公開されている蒸溜所については、以前(第26章及び第64章)ご紹介した。この蒸溜所は、規模が小さかった事、オーナーの変更、ウイスキー不況、火災事故等が原因で休止していた期間が長かったことから設備の近代化が遅れ、ついには1980年代のスコッチ・ウイスキー不況と合理化の煽りで1983年に閉鎖された。

名声を得た蒸溜所ではなかったが、以上のような経緯からかえって70年前の工場設備や作り方がそのまま残されていて当時の様子がよく分かる。このダラス・デュー蒸溜所に電気が導入されたのは1950年代で、それまでは水車と蒸気エンジンを使っていた。

初期の挑戦者達

グレン・グラント蒸溜所のオーナー、グラント大佐が蒸溜所に自家発電を導入したのが1890年代の終わり頃、電力の用途は極めて限定されていたが当時としては画期的な事柄であった。

当時、まだまだ辺鄙だったスコットランドのハイランドでグラント大佐と同じように電力を使おうという革新に挑戦したいくつかの事例がある。その一つが、西海岸のフォート・ウイリアムのすぐ北、フォート・オーガスタス村にあった僧院で、1890年に18kWの水力発電を設置し、僧院のオルガンの送風装置の駆動と村の照明に使った。まだ村の住人の多くが英語でなくゲール語を話していた時代で、村人は「おらが村に電気が来た!」と大喜びだったが、問題は、夜間に次の日の礼拝のリハーサルで僧侶がオルガンを弾くと、村の照明が全部落ちたことであった。

キンロッホリーヴェン(Kinlochleven)

スコットランドで本格的な発電所の建設が始まったのは19世紀の終わり。民生用ではなく、アルミの精錬用に会社が建設した。エネルギー源は、スコットランドの険しい地勢、多くの湖(ロッホ)と豊富な降水量を生かした水力であった。その第一号は、ネス湖の東岸のフォイヤーズ(Foyers)に建設された。1896年の事である。この発電所とアルミ工場は1967年に閉鎖されたが、発電所はその後1969年にスコットランドで最大の揚水型発電所として再開発され現在にいたっている。

水力発電第一号の名声はフォイヤーズに譲ったが、スコットランドの電力史上最大の偉業とされているのが、キンロッホリーヴェンである。建設したのはフォイヤーズと同じアルミの精錬会社で、場所はフォート・ウイリアムの南東約15㎞、ロッホ・リーヴェンの最奥にある。

5.キンロッホリーヴェン発電所の導水管:口径990㎜の6本の鉄パイプが、標高300mにあるダムから山を登り、谷を越えてふもとの発電所に水を送っている。この鉄パイプはドイツ製であった

工事が始まったのが1905年、4年かけて1909年に完成したが、超難関工事だった。まず、ブラックウォーター川を高さ26m、幅800mのダムで堰き止めて人造湖をつくったが、このダムは1950年まで英国で最大であった。水を発電所に送るために、ダムからまず数㎞のコンクリート・ダクトを、それから写真にある鉄パイプを設置した。資材はロッホ・リーヴェンから山裾までは鉄道、それからは索道を設置して山に上げた。索道の動力は臨時に設けた水車と発電所に依った。

工事中は常に約2―3,000人のナヴィー(Navvy)*と言われる建設労働者が働いたが、彼らは主としてヘブリディーズ諸島から仕事を求めてやってきたのである。キンロッホリーヴェンの気候条件は悪い。冬は雪、その他のシーズンは多雨である。ナヴィーは粗末な掘っ立て小屋で暮らし危険な建設作業に従事した。安全思想もほとんどなかった時代で、工事中に多くのナヴィーが命を落とした。彼らはブラックウォーター・ダムの近くの墓所に葬られている。

完成したキンロッホリーヴェンの発電所では全部で13 基のぺルトン・タービンが置かれ24MWを発電、発電所に隣接したアルミの精錬工場に供給された。このアルミ工場の生産能力は当時世界最大といわれ、需要を相当上回っていたが、1914年に始まった第一次世界大戦では英国にとって大きな力になった。

キンロッホリーヴェンのアルミ精錬は2000年に閉鎖されたが、その時には‘世界最古で世界最小’になってしまっていた。尚、発電所そのものの能力は30MWまで増強され今でも現役として活躍している。

ロッホアーバー(Locharber)
キンロッホリーヴェンの成功を受けて、アルミ会社はフォート・ウイリアムに更に大規模な発電所と精錬工場を建設した。スぺイ川上流のラッガン(Laggan)とトリーク(Treig)の二つのロッホを3.5㎞のトンネルで繋いで水源とし、Treig湖のダムから更に英国最高峰のベン・ネビスの山腹を24㎞に亘って口径4.5mのトンネルでくり抜き、最終ベン・ネビスの中腹から発電所までの182mの落差を鉄パイプで落とした。工事は1924-1925年の5年間の長きに渡った。発電所の出力は65MWであった。

建設には多くのヘブリディーズ諸島からきたナヴィーが働いたが、かれらは掘削中のトンネルにウイスキー密造用のポット・スティルまで持ち込んだといわれている。

*Navvyの語源はNavigatorで、人夫の意味。英国では18世紀終わり頃から始まった運河の建設、ついで鉄道建設、道路やダム建設に働いた。アイルランド、スコットランドのハイランドなどの貧困地区からやってきたものが多かった。

送電

6.グランピオン山地のパイロン群:この送電線は、最近インバネス以北に建設が進んだ風力発電の電力をローランドに送る為能力が増強された。パースからインバネスへ向かう国道9号線のドラマハター峠にて

スコットランドで、ハイランドの隅々まで電気の供給が行われるようになったのは、そんなに昔でない。大規模で、経済性に優れた発電所の建設とならんで大仕事だったのは送電網の整備である。多くの小さな町や村は広い範囲に散らばっていて、各村々に電気を届けるのはコストが見合うか、利用側もしかるべき投資が必要になるがその技術や設備はあるか、投資に見合うメリットはあるか、パイロン(鉄塔)の敷設に地主の同意が得られるか、環境問題への配慮はと課題が多かった。現在のような電力の生産、送電、受電と利用のシステムが整ったのは第二次大戦後であった。

スコットランドの電力事情

7.ホワイトリーのウインドファーム:スコットランドには、遮るものがなく絶えず強い風が吹いている広々した荒地が多い。農地としての生産性は低いが、風力発電にはもってこいである

現在、スコットランドは電力の輸出国になっている。2013年の総発電能力は53GWhで、その内の28%をイングランドやアイルランドに輸出している。エネルギー・ソース別の内訳は、石炭やガスのような化石燃料が32%、原子力34%、再生可能エネルギーが32%、その他2%となる。再生可能エネルギーの内長い歴史をもつ水力は9%程度であるが、代わってシェアーを大きく伸ばしているのが風力である。

スコットランドを旅すると各所でウインドファーム(Windfarm)が見られるが、その内全英最大といわれるものがグラスゴーから南へ車で約20分のところにあるホワイトリー(Whitelee)ウインドファームである。2009年に140基のタービンが建設されたが、現在は215基のタービンを持ち約540MWの出力がある。

ホワイトリーには立派なVisitor Centreが設けられていて、エネルギーに関する展示も充実していて啓発に力を入れている。ファームは、自由に散策してよく、多くの動植物を見る事が出来る。

蒸溜所が発電所に

蒸気エンジンの導入以来、エネルギーに関してはずっと化石燃料に依存してきたウイスキー蒸溜所だったが、ここ数年蒸溜プロセスで産出する副産物を燃料源にして蒸気を発生させ、更にその蒸気から電力を生産することが行われるようになった。

ウイスキー蒸溜所の副産物は、仕込工程で発生するドラフ(糖化粕)、初溜蒸溜の残渣のポットエール、再溜残液と一般的な排水に大別されるが、いずれも生物的酸素要求量(BOD)が高くそのまま廃棄は出来ない。従来もっとも一般的な方法は、糖化粕はそのままか乾燥して家畜の飼料に、初溜残液は濃縮してこれも家畜の飼料に、その他の排水は廃水処理設備で空気を吹き込んで酸化してBODを下げて河川や海に放流する、であった。これらはいずれも処理にエネルギーが必要で、「環境を守る為に環境に優しくない化石燃料を使う」という矛盾を抱えていたのである。

環境への炭酸ガス負荷を減らすには、いっそこれら副産物や排水を燃料にして使ってしまえば、元々の原料は植物由来なので蒸溜所はカーボン・ニュートラルになるという発想である。グレン・グラント蒸溜所のすぐ近くに一昨年完成したバイオマス・プラントは、近隣のスペイサイドの16蒸溜所の副産物を集めて一括処理、7.2MWを発電しているが、これは近くのエルギン市の9,000戸の家庭が消費する電力に匹敵する。その他にもDiageo社のRoseisleやCameronbridge蒸溜所でも同様な方法を取り入れている。

参考資料
1.The Whisky Distilleries of the United Kingdom. Alfred Barnard, A reprint by David & Charles (Publishers) Ltd, 1969
2.Highland Hydro-Electricity. Hamish Mackinven, North of Scotland Hydro-Electric Board, 2nd ed. An Comunn Gaidhealach, 1972
3.The Hydro. A study of the Development of the major Hydro-Electric Schemes undertaken by the North of Scotland Hydro-Electric Board. Peter Payne, Aberdeen University Press, 1988.
4.http://www.engineering-timelines.com/scripts/engineeringItem.asp?id=1242
5.https://www.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/266471/electricity_generation_and_supply.pdf
6.http://www.scottishrenewables.com/scottish-renewable-energy-statistics-glance/
7.http://www.scotland.gov.uk/Resource/0046/00466707.pdf
8.http://www.glasgowlife.org.uk/museums/gmrc/Pages/default.aspx
9.http://www.historic-scotland.gov.uk/power-to-the-people.pdf
10.http://www.scottish-places.info/features/featurefirst3852.html
11.http://www.whiteleewindfarm.co.uk/home?nav