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稲富博士のスコッチノート

第57章 製麦の伝統と革新

ボウモア蒸溜所の乾燥塔(キルン) :1900年の建設。この時代に建設されたキルンは、パコダといわれる独特の形の換気塔を持っている。

第二次大戦終了から60年余、この間スコッチ・ウイスキーの発展は目覚ましい。どれくらい成長したかというと、蒸溜ベースではほぼ16倍になっている。これだけの増産に対応するには、原料となる麦芽の生産もそれに見合った体制が必要であった。生産面の発展を支えた一つは新しい技術革新の導入で、伝統を重んじるスコッチ・ウイスキーにあっても新しい技術は積極的に取り入れられた。その革新の一つに製麦の大変革がある。製麦の目的は未発芽の大麦を発芽・乾燥させて後の仕込みで必要な酵素類を生成させ、又フレーバーを付与することにある。

1950年代までスコッチの蒸溜所はモルト蒸溜所もグレーン蒸溜所も全て蒸溜所内に製麦施設を持っていたが、その後約20年間続いた蒸溜所の拡大に伴って製麦を廃止し外部の大規模な製麦工場から調達するようになった。製麦には広い面積が必要なこと、労働集約的で相当な重労働を必要とすること、生産性も高いとはいえない、などが理由である。現在伝統的なフロアー・モルティング (床式製麦: 文字通り床の上で大麦を発芽させる) を残しているのはラフロイグやボウモア蒸溜所など6蒸溜所のみになっている。

フロアー・モルティング

ボウモア蒸溜所のフロアー・モルティング:発芽中の大麦の層をグラッバーといわれる鋤を引いて解しているところ。非常な重労働で、ここで実習した日本人はラグビーで鍛えた体が自慢だったが完全に‘ばてた'という。
(Morrison Bowmore社 提供)

製麦の工程は、伝統的なフロアー・モルティングでも近代的な大工場でも同じで、浸麦→発芽→乾燥の順に進行する。大麦はまずスティープ (Steep) といわれるタンクの中で水に浸漬し水分を吸わせる。6時間程水に浸して水分を吸収させてから一旦水を抜くが、これは水を吸った大麦は呼吸を始めるので空気に触れさせて酸素を与える為である。この水を抜いた期間をドライ・スティープ (Dry steep) といい約8時間である。大麦にたっぷり酸素を与えた後、再度水を張って水分を吸わせ、6時間程度でまた水を抜いてドライ・スティープを行って酸素を与え、最後に再度水分を与えて大麦の水分が42~3%になったところで浸麦は終了する。浸麦はほぼ2日掛かるがこのスティープとドライ・スティープのプログラムは外気温や水温に合わせて調節する必要がある。

Bowmore蒸溜所のキルン内部:乾燥工程初期でピートの煙が漂っている。大麦がまだ湿っている状態の時にピートを燻してピートの薫香を付ける。スモーキーの強さの目安のフェノール値はBowmoreでは25ppmという。
(Morrison Bowmore社 提供)

浸麦の終わった大麦をコンクリートの床に広げると発芽が始まり根と芽が成長する。発芽の時には、麦の温度を適当な範囲に保つ、酸素を供給する、それと成長してくる根っ子が絡まらないようにする事が必要であるが、空調や撹拌設備のないフロアー・モルティングではこの管理はなかなか難しい。室内の温度の調節はその日の気候に合わせて窓を開閉し、麦層は温度を測りながら数時間毎にターナーを言われる撹拌機を使って麦層の‘天地返し'をして新鮮な空気を与え温度を下げる。またグラッバー(Gubber)という鋤を手で引いて麦層をGrub(掘り返し)して根っ子が絡まるのを防ぐ。最近のターナーはモーターで駆動するが、以前は人力で木製のモルト・シャベルを使って麦を空中に放り上げていた。ターニングやグラッビングは人力に依るところが大で、真夜中も行う必要があるので非常にきつい作業である。発芽に要する日数は、冬は7日間、夏は5日間程度である。

発芽中に澱粉や蛋白質を分解する十分な酵素が生成すると、大麦は乾燥して発芽を止める。発芽が終了した大麦~グリーン・モルト(Green Malt)といわれる~をキルン(乾燥炉)の金網のフロアー上に広げて乾燥を開始する。麦層の厚さは約30cm、ピートッド・モルトを作る時は、最初の十数時間はピートだけを薫煙し、その後熱水を熱源とする熱交換器に空気を通して熱風としこれをキルンに吹き込んで乾燥する。この乾燥時間は約45時間で、乾燥後の麦芽の水分は約5%である。

アイラ・シングル・モルトとその他いくつかのシングル・モルトは強いスモーキー・フレーバーで知られている。ピート香の強さは麦芽の乾燥の時に焚くピートの量に因るが、スモーキーと言ってもその特徴は同じではない。木の焦げたような、干し草が煙ったような、海藻様、タール様、薬品様などと表現されるが、これらの特徴は使われるピートが採取される場所で異なることに由来する。フロアー・モルティングは小規模で生産性は低いが、このようなピートの生産地によって異なる特徴を持つシングル・モルトの生産には向いていると思われる。

モダーン・モルティング

ベアーズ社アーブロース・モルティング:中央円形のタンク上の構築物の最上部が浸麦槽、その下2段に発芽槽がある。右奥に一部だけ見えている同じく円形のものがキルンである。

スコットランド東海岸にアーブロース (Arbroath) という小さな町がある。1320年この町の大修道院でスコットランド独立宣言が書かれたことで有名である。今年3月、その町の郊外にある工業団地の中で最新式の製麦工場が竣工した。ベアーズ (Bairds) 社のアーブロース工場で、見学の機会があり訪問した。製麦の原理は同じといえ近代技術が製麦をここまでが変革したことを剋目して眺めた。

まず工場の外観であるが、主要部の外観は窓もなく、大型タンクのような施設が二基あるだけで、伝統的フロアー・モルティングを思わせるものは皆無である。レイアウトは、浸麦と発芽はタワー方式で最上部に浸麦槽が一基あり、その下部に発芽槽二基が立体的に配置されている。発芽の終わったグリーン・モルトを乾燥するキルンは別棟に置かれている。浸麦槽、発芽槽、キルンはすべて円形で、どの槽でも大麦の出し入れや撹拌はオーガー (Auger) といわれるスクリューを円軌道に沿って動かして行う。蒸溜所にある仕込槽を超大型にしたと思えば良い。

アーブロース・モルティングの浸麦槽 :丁度洗浄の終わった大麦をローディングしていた。槽の底板はフラットでここから水や空気の供給・排出が行われる。

夾雑物を取り除いた大麦はスクリュー・コンベアーで移動中に効率的に洗浄され、タワー最上層の浸麦槽に入る。槽の直径は22m、一バッチの大麦量は380 トンで仕込み時の麦層の厚さは約2mである。浸麦の時間は約二日でこの間、水温、スティープ-ドライ・スティープのスケジュール、エアレーション、ドライ・スティープ中に発生する炭酸ガスの除去、終了後のクリーニング等全てコンピュター・コントロールされる。

浸麦の終わった大麦は、下部にある二基の発芽槽の一つに入る。発芽中には、麦層の温度、湿度、酸素濃度、根っ子が絡まりあわないように大麦をパラパラの状態に保つことをコントロールし、予定された時間内に均一で十分な発芽が終了することが重要であるが、この為には麦層に吹き込む空気の温度と風量、オーガーの稼働をコントロールする。これらの作業はすべて自動化されているのは言うまでもない。発芽期間は4日間でフロアー・モルティングより1~3日短いがこれは発芽中の大麦の温度が最適にコントロールされ、又大麦に十分酸素が供給されるためである。

アーブロース・モルティングの発芽槽:発芽中、このようなオーガーがゆっくり回転し麦層を解す。麦層への通気の風量、温度、湿度は自動的にコントロールされる。

発芽の終了した大麦はキルンに移動される。キルンの基本構造は浸麦や発芽と同じ円形構造である。乾燥工程で重要な事は温度プログラムで、最初大麦の水分が高い時は低温でゆっくり乾燥し、最終温度も70℃以下に押さえるがこれらはフロアー・モルティングと同じである。キルニングに要する時間は32時間である。この工場では乾燥時にピーティング (Peating=ピートを焚くこと) は行わずノン・ピーテッド麦芽だけを蒸溜所に供給している。

生産性と品質

伝統的なフロアー・モルティングと最新式の大規模製麦工場で生産性にどの程度の差があるだろうか。作業員一人当たりの年間麦芽生産高はフロアー・モルティングの場合200~500トン、これが最新鋭の大型工場だと10,000トン程度と思われ生産性は20倍にもなる。大規模製麦工場の利点は、発芽が均一で安定した品質の麦芽が効率よく生産されることである。これに対してフロアー・モルティングでは均一性、安定性、効率は劣っても自蒸溜所独自の麦芽生産ができるメリットがある。

カーヌスティー・ゴルフ・コース

カーヌスティー・ゴルフ・コースのバンカー:‘こんなのに入ったら出るわけないだろう’というのがいたるところにある。その他クリーク、ブッシュ、ラフも大変。挑戦し甲斐は十分。

これはウイスキーとは直接関係ないが、アーブロースに来たのですぐ近くのカーヌスティーの有名なゴルフ・コースを見に行った。ここはパブリックで、コースは北海に面した典型的なリンクス・コース。距離と風に加えてもっとも効果的にバンカーが配置されたコースと言われ、その手強わさは一流プロでも大試練となる。腕に覚えのある方は一度挑戦されては‥‥。まあ、良いスコアが出なくても19番ホールでのウイスキーは美味しいに違いない。

1. Briggs, Dennis E. Malts and Malting, Blackie Academic & Professional, 1998.

2. Harrison, Barry M. and Priest, G. Composition of Peats used in the Preparation of Malt for Scotch Whisky Production - Influence of Geographical Sourse and Extraction Depth, J. Agri. Food Chem. 2009, 57, 2385-2391.
3. Bowmore Islay Single Malt Scotch Whisky
4. Bairds Malt - New Malting Plant at Arbroath, Scotland
5. Arbroath :Wikipedia-The Free Encyclopedia
6. Arbroath Abbey :Wikipedia-The Free Encyclopedia
7. Carnoustie Golf Links
8. スコッチノート 第五章「製麦」 - [Ballantine's] 香るウイスキー バランタイン