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稲富博士のスコッチノート

第31章 プルーフ(Proof)

蒸溜酒の発見以来、人々はその不思議な能力、すなわち弱った人に生気を蘇らせ、傷を癒し、飲めば天国に行った気分になる、に魅せられて来た。ウイスキーの語源であるケルト語のuisge beathaや、フランス語の蒸溜酒のau de vie のいずれもその意味が“命の水"であることが、昔の人々のこの液体への認識をよく表している。蒸溜酒の中には、現在我々が“アルコール"* と呼んでいる水とは異なる物質が含まれていることは理解されていたが、この不思議な性質は何によるものか、蒸溜酒の中にどの程度含まれているのかを知ることに人々は長年頭を悩ませ続けた。

ウイスキーが商取引や課税の対象になると、「この物質は何か」という学問的興味はともかく、ウイスキーの中にどの程度含まれているかを知ることがどうしても必要となった。取引において、売り手は水で薄めたスピリッツを売って儲けようとし、買い手は実際より度数を低く見積もって安く買おうとした。酒税がアルコールに課税されるようになると、蒸溜業者は出来るだけアルコール分を低く見せかけて税金逃れを計った。今回はアルコール分測定の歴史である。

アルコール分測定の歴史

アルコールと水の混合による容積圧縮:アルコールと水を混合すると混合後の液体の容積は混合前の両者の容積の和より少なくなる。 圧縮と言われている現象で、アルコール濃度が5-60%の範囲で最も大きく容積は4%近く減少する。

アルコールの正体とその特性は19世紀になるまで分らなかった。理由は、この解明には純粋なアルコールを得ることが必要なのだが、実験室の粗末な蒸溜設備しかなかった時代にこれは簡単では無かった。純粋なアルコールが得られたかどうかも分らなかった。蒸溜するだけではアルコールの濃度は97.2%(1気圧下)以上には上げられないことが分ったのはずっと後であった。

比重などの基本的な性質の測定も悩ましかった。使える天秤、容量計り、温度計のいずれも不正確だったが、それよりアルコール-水の混合物は、濃度で温度による容量変化が一定でなく、又科学者がもっとも困惑したのは、度数の高いアルコール溶液と水を混合すると混合後の容量は元の両者の容積の合計より少なくなる現象であった。現在ではCompression(圧縮)やContraction(収縮)と呼ばれている現象で、例えば小石と砂を混ぜると砂が小石の隙間に潜り込み、混ぜたあとの容量は元の小石と砂の容量の合計より少ないという現象に似ている。

アルコールの主たる特性

すこしずつ理解されてきたアルコールの主な特性は次ぎの通りである。

1. 無色透明な液体。
2. 水とどのような比率でも混じる。
3. 水より軽い。(20℃での比重。アルコール:0.789, 水:0.998)
4. 水より揮発性が高い。(1気圧下の沸点。アルコール:78.4℃, 水100℃)
5. 可燃性である。
6. 消毒作用がある。
7. 飲むと酔う。

アルコール分を計かる試みは主として5の「燃えること」と3の「比重が水より軽いこと」を利用して行なわれた。

燃える性質を利用した試み

1. 木綿片を蒸溜酒に浸してから引上げて火をつけ、綿布が良く燃えればスピリッツはアルコール分が高く上質である。
2. スピリッツの重さを量り、その後そのスピリッツに火をつける。燃えなくなったら残液の重さを量って、元の重さの半分以下ならスピリッツは良質と判断する。
3. これは良く知られた話であるが、少量の小銃用の火薬にスピリッツを垂らしてから火をつける。燃えない場合スピリッツは不良、ゆっくり燃えれば品質は合格、激しく燃えればスピリッツは非常に上質。この火薬によるテストはプルーフ(Proof)と呼ばれ、この言葉は後にアルコール度数の単位に使われるようになった。

これらの方法は、スピリッツのアルコール濃度をある程度示すにしても非常に大まかで、取引や課税に必要な正確さ、簡便性に程遠く、精々密造者の取引に使われるにとどまった。

水とアルコールの比重の差を利用した試み

比重測定用ビーズ:比重の異なるビーズ12個が一セットになっていて、これらをスピリッツの中に入れてアルコール濃度を計った。円形のケースは直径10cm程度、蓋の内側に使用方法が記され携行使用に便利になっている。(Edinburgh Royal Museum蔵)

サイクスのハイドロメーター:真鍮製ボール状のウキの左側のバーに測定範囲に合った錘を載せてスピリッツに浮かせ液面の位置を右側のスケールで読む。同時に液の温度を計り、附表からスピリッツの濃度(プルーフ)値を知る。(Edinburgh Museum of Scotland蔵)

1963年製造のBallantine's Finest(中央のボトル):アルコール度数の表示が%でなくPROOFである。英国で蒸溜酒の度数表示がプルーフから%に変わったのは1980年である。(Robert Hicks氏提供)

一定容量のスピリッツの重さは、アルコールを多く含むスピリッツは少ないものより軽い事が分ってきたので、比重を計ることでアルコールの濃度を計る試みが長年続けられ種々の比重計が開発された。この方法の改善された計器は現在でも最も良く使われている。

1. ボイル(Boyle)のエアロメーター(比重計)。最初に比重計を考えたのは、我々も中学生の時に習ったボイルの法則、 すなわち「一定量の気体の圧力と体積の積は一定である」、を発見したボイルである。アルコール分が多いほどスピリッツの重さは軽く、反対にアルコール分がすくないと重くなるので、ウキをアルコール溶液に浮かせるとアルキメデスの原理でウキは液中に沈んだり、上に浮いたりする。このことを利用して少量の水銀をいれたガラス容器の上に目盛を刻んだ細い枝ガラス管をつけたメーターを開発、このメーターを液体の中に入れたときにウキが停止する位置の変化から濃度を計るようにした。現在も使用されている比重計と全く同じ原理であるが、ボイルのメーターは重さも容積も1種類だけだったので、必要な精度が得られず実用には至らなかった。

2. ビーズ(Beads)。種々の比重のガラス玉をセットにしたものである。ビーズをアルコールの強さを計りたいスピリッツに入れると比重がスピリッツの比重より重いビーズは底に沈み、軽いものは液面に浮く、比重が同じ程度のビーズは液中に止まるので、そのビーズからスピリッツの強さを判定した。

3. ハイドロメーター(比重計)。18世紀に入りボイルの考えたエアロメーターと同じ原理を利用しながら、測定の感度を上げたハイドロメーターがいくつか開発された。クラーク(Clarke)は1725年に発明したハイドロメーターで、ハイドロメータ-に重量の異なる小さな重りを乗せかえることでアルコール濃度の広い範囲に対応し又温度の補正も行なうように工夫した。優れた発明であったが、正確な測定を行なおうとすると重りの数がどんどん増えて行き、終わりには140にもなったという。こうなると測定の簡便性に大きな支障が出てくることになった。

現地で酒税の取り立てにあたっている徴税官からの苦情で、英国政府はハイドロメータ-の改善に乗りだし、新聞広告で発明の競作に応募するよう呼びかけた。1802年の事である。新しく開発するハイドロメーターは下記の3条件をみたすことが要求された。

1. アルコール分表示する目盛は、細かく且つ出来るだけ均等に刻まれている事。
2. 温度の違いに対応できる事。
3. アルコールの濃度が異なってもメーターの読みの感度は同じであり、濃度はプルーフ・スピリッツで表示される事。

開発に取りかかってもいくつかの問題が発明者を悩ませた。プルーフの基準の比重はイングランドとスコットランドの間接税局では同じだったが、関税局と当時は英国の一部だったアイルランドは異なった基準を使っていた。さらに種々の濃度のアルコール溶液を調製するのにも基準となるガロン容器(この場合はワイン・ガロンで231立方インチ)に正確さを欠いた。このような問題をなんとか解決しながら、競作入札で勝利したのがサイクス(Bartholemew Sikes)が開発したハイドロメーターで、1816年の法律で2年間の試用が決定、1818年に正式採用になった。

サイクスは実は英国政府で酒税を担当していた間税部の役人で、仕事を通じてどのような計器が必要か熟知していた。サイクスのハイドロメーターは10人近くの応募者のほとんどがそうであったように、クラークのハイドロメーターの改善型で、中空の真鍮製ウキの上部に読取りの細いスケールが付き、下部に異なる比重に対応するため重りが付けられる構造であった。サイクスの発想の優れたところは、重りの数を10に限定し温度補正はメーターでなく、換算表を使うようにしたところにある。ハイドロメーターにスピリッツの濃度に対応した重りを取りつけ、液に浮かせてメーターを読み、同時に温度を計る。換算表を使用して、使った重りの番号、メーターの読み、温度に対応する数値を探すとそれがスピリッツのプルーフである。ハードウエアにあたるハイドロメーターの精密な工夫に全てをかけるより、メーターの設計は簡素にして換算表というソフトウエア-を使ったところに、実用性重視の優れた設計思想をみることができる。

時を同じくしてプルーフの基準は「51°F(華氏51度)で蒸溜水の13分の12(12/13)の重さを持つアルコール溶液が100プルーフ」と決められ、このプルーフ単位は蒸溜所でも、瓶詰工場でも、製品の度数でも以後160年以上使われ続けた。現在のパーセント(%)表示に変わったのは1980年のメートル法の施行時であった。それ以前は英国内向けのウイスキーのラベルには度数はプルーフ、例えば70プルーフ(現在の表示では40%)とか75プルーフ(同じく43%)と表示されていた。因みに、英国プルーフは、175プルーフが容量度数の100パーセントに当るので、70プルーフは、70÷1.75=40%となる。現在もアメリカで使われているプルーフは容量%のちょうど倍で40%は80プルーフとなっている。

現在のアルコールの測定法

Safe(検度器)の中のアルコール・メーターと温度計:モルトウイスキーの蒸溜では、時間と共に溜出してくる原酒のアルコール度数が変化する。初溜での終了時点や再溜では前溜、中溜、後溜の切替、蒸溜の終了を知るのに欠かせない。(Miltonduff蒸溜所)

電子密度計:スピリッツのサンプルが共鳴振動する音波の波長からスピリッツのアルコール度数が分かる。必要なサンプルは数ml、精度は±0.1%、測定時間は1分以内で効率的。(Morrison Bowmore社)

現在でも最もよく使用されているのはウキの原理を使ったアルコールメーターである。ガラス製で、測定するアルコール度数の範囲と要求される精度で選択できる。メータ-の読みは%になっていて、その数値を温度補正するとアルコール分(容量%)になる。

より近代的な方法として、サンプルに音波を当てて密度を計る方法も最近よく使われるようになった。器機は高価だが正確で迅速簡便、蒸溜所で再溜時のカットを自動化する場合や、実験室で多くのサンプルのアルコール分を計るのに使用される。

1.Alcoholometry. F. G. H. Tate. London, 1930.
2.Irish Whiskey. E. B. McGuire. Gill and Macmillan, Dublin, 1973.
3.Volume Nonadditivity of Liquid Mixtures: Modification to Classical Demonstrations. Vladimir M. Petrusevski and Metodija Z.Najdoski. Chem. Educator 2001, 6, 161-163.
4.Whisky. Technology, Production and Marketing. Ed. Inge Russell. Academic Press, 2003.
5.Wikipedia-The Free Encyclopedia
6.The Sikes Hydrometer A Tradition Since 1816

*化学ではアルコールは、炭素と水素の化合物の水素(H)が水酸基(OH)で置き換わった化合物全般を指し、多くの種類のアルコールがある。一般的には酒に含まれるエチル・アルコールをいい、本稿でアルコールはエチル・アルコールを指す。