No.16
2003年05月22日号
銀座「BLOODY DOLL」土谷博さん
1963(昭和38)年生まれ

「BLOODY DOLL」のメニューを開くと、
ピロシキ、ボルシチ、ビーフストロガノフ……。
“バーのおつまみ”の範疇を超えた、本格的なロシア料理が並んでいます。
4年前に開店以来、熱烈なファンを増やし続けている
この“不思議なバー”のマスター、
土谷博さん(上写真)に、素朴な疑問を投げかけましょう。
「どうしてロシア料理なんですか?」
ロシア人の愛妻料理で、体重、20kg増量!
土谷さん 「実は、かみさんがロシア人でしてね。
店で出している料理はすべて、かみさんの手作りなんですよ。
たとえばピロシキは、もちろん、パン生地をつくるところから始めます。
小麦粉を練って、発酵させて、ね。
それから、中身のバリエーションは、およそ10種類ありまして、
メニューは同じピロシキですが、中の具は、毎日変わるんですよ。
今日は『キャベツ・ニンジン』、明日は『キノコ』……といった具合にです」
──ご結婚されたのはいつですか?
土谷さん 「結婚したのは5年前です。
以来、ぼくは、かみさんのロシア料理を食べ続けているわけですね(笑)。
ロシア料理というのは、煮込みでもなんでも、“量”を作るものであるらしく、
新婚当時は、毎晩、ロシア料理が、大皿に山盛りです(笑)。
しかも、ぼくは貧乏性なので、腹が一杯になっても、
残さず食べなくては気がすまない(笑)。
というより、かみさんの作るロシア料理が、本当に旨くてね、
いくらでも腹におさまってしまうんです。
だから、ふと、気がついたら、
元は76センチだったウエストが、90センチを超えていました。
体重は20kg増量です。ま、気にはしませんでしたけど。
それより考えたのは、
『こんなに旨い料理を、多くの人に紹介しなくてはもったいない』と(笑)。
そのようなわけで、結婚して1年後、
このバーを開店した時には、ロシア料理を食事メニューの中心に据えました。
当時は、コンピュータのシステムエンジニアをしていまして、
バーを始めてしばらくは、2足のわらじを履いていました。
けれど、体力的にも辛いものがあって、
じきに、バーの仕事一本に絞ることにしたのです。
ちなみに店の内装は、おかあちゃんとぼく、夫婦二人の手作りです。
カウンターをつくったり、壁を塗ったり……、
改装は冬の作業だったのですが、毎日、汗だくになりましたね。
とまあ、そうして店をつくっているうちに、
太った腹も引っ込んで、体重も元に戻ってしまったんですよ(笑)」
“天使”を名乗る、防犯ボランティアに参加して
ところで、赤いベレー帽をかぶった白いTシャツ姿の一団を、
街で見かけたことはありませんか。
そうです。ご存じ、「ガーディアン・エンジェルス」です。
街の犯罪防止活動、応急救護活動などを行うボランティア団体で、
発祥は1979年のニューヨーク、
日本の支部ができたのは、1996年のことでした。
土谷さんは、その日本支部ができた直後から、
「ガーディアン・エンジェルス」のメンバーとして
活動を続けてこれらたそうです。
土谷さん 「『ガーディアン・エンジェルス』に入ったきっかけは、
テレビです。ニュースで、たまたま知りましてね。
『これはぜひ、参加したい』と思いまして、早速、事務所に電話をしました。
当時は、バーを始める前で、
仕事はコンピュータのシステムエンジニアでしたから、身体はあまり使わない。
『なまった身体を動かすことができて、しかも、人の役に立つ』と。
『こんな素晴らしいことはないではないか』と、そう考えたわけですね(笑)。
けっこう危険な場面にも逢いました。
新宿では、『トルエンを闇で売っている現場を見つけ次第、どぶに捨てる』、
なんてことをやっていたら、
暴力団の人たちから受ける風当たりが強くなりました。
ある日、数名のグループでパトロールをしていると、
いつの間にやらお兄さんたちが、わらわらとやってきて、
とうとう、何十人もの人たちにぐるりと囲まれてしまいました。
別に拳銃や刃物を出されるわけではないので、恐くはないのですが、
ただただ、じっとにらみ合っている、これが辛かった(笑)。
バーを始めてからは、夜の活動にはほとんど参加できていないのですけれど、
サッカーのワールドカップの時には、六本木パトロールに駆り出されました。
ですから、ワールドカップの期間中は、店はいつもより早仕舞いして。
それから六本木へ行って、朝の3時、4時までボランティアです。
六本木を担当するには、まず、外国語ができること、
それから、多少の荒っぽいことにも対応できること(笑)、
なんて条件が必要なんですね。
ぼくが所属しているのは、『武闘派』と呼ばれるチームで、
ちなみに名前は『サムライ塾』。
空手などの格闘技の研鑽に努めている連中ばかりですから、
まあ、そのあたりのことが見込まれたのでしょうね(笑)」
17歳、1日、牛乳1リットル
さて、いよいよ本題です。
伺いましょう。
土谷さんの語る、「わたしが17年ものだった頃」。
土谷さん 「生れ育ったのは北海道の釧路です。
17歳といえば、高校生。
あの頃は、とにかく、よく、食べていましたね(笑)。
部活は、空手とバスケットをやっていましたから、
練習が終って家に帰ると、それはよく食べました。
もう、本当になんでも食べました。
牛乳なんか、1日に1リットルは必ず飲みましたね。
よく食べて、身体をよく鍛える、健全なるスポーツマン。
ひたむきに部活動に打ち込む高校生。
とまあ、他にもいろいろありましたけど、
そういうことにしておきましょう(笑)」
──本当は、単なるスポーツマンではなかった、と?
土谷さん 「まあ、17歳といえば、いろいろなことを、いろいろと覚える、
そういう“悪い盛り”でもありましたからね(笑)。
まあ、他愛もないことばかりですが……」
──いったいどんな“悪いこと”を覚えたのですか?
土谷さん 「詳しいことは忘れましたので、深く追求しないでくださいね(笑)。
えー、ですから17歳。
そうですねえ……我が家の事情でも聞いてもらいましょうか」
──お願いします。
登山を始めて、“苦悩”を乗り越えた父のこと
土谷さん 「ぼくは3人兄弟の長男で、
父は、子ども好き、といいますかね、
子どものことをよく考えてくれる人でした。
サラリーマンをしていたのですが、転勤はずっと断り続けていたそうです。
理由は単純で、『子どもたちに転校をさせたくないから』というものでした。
あれはぼくが中学生の頃だったと思います。
転勤を断ったことが原因で、ある時、
“部長職”がいっきに“ヒラ”に降格されたのです。
それからですね、父が“落ち込んだ”のは。
他にも原因はあったのでしょうけど、
以来、2、3年、父は“落ち込んだまま”でした。
深酒も続いてね。
呑み屋に行ったきり、家には帰ってこない。
ぼくは、母に泣きつかれ、『ちょっと迎えにいってきて』と。
ぼくもその頃には、ガタイも大きくなっていましたから、
呑み屋に行って、崩れている父に向かって、
『いいかげんにしろよ』なんて口をきいたものです。
今から思えば、息子の分際で生意気にも程がありますよ。
父としては、どうにもいたたまれなかったでしょうね。
そんな父が、立ち直る“きっかけ”を掴んだのは、
ぼくが16、7の頃だったでしょうか。
きっかけというのは『山登り』です。
会社の同僚の方が『山登り』に父を誘ってくださって、
それが父にはぴたりと合ったのでしょうね。
本当に熱中して、それから徐々に“落ち込み”から抜け出して、
みごとに復活したのです。
父につられるようにして、母も山好きになりましてね、
二人でよく山登りに出かけるようになりました」
命日には、大雪山(だいせつざん)で大競争
土谷さん 「父は、ぼくが24歳の時に亡くなりましてね、
それから命日になりますと、
母と子どもたち、家族が集まって、みんなで山登りをするようになりました。
登るのは、『北海道の屋根』大雪山です。
あそこは、北海道で一番、天に近い場所ですからね(笑)。
ただね、ぼくら兄弟は、負けん気が強いというか、競争心が旺盛というか、
いつも『われ先に』と登って行くので、
まるで競技会のようになってしまうのですよ(笑)。
ここ何年かは、弟と妹にも家族ができましたから、
『山登り』も大人数になりまして、総勢11人。
11人の競争です。
ぼくと弟は長い間、1位争いをしていまして、
いつもお互いが『絶対、こいつには負けるものか』と頑張ってきたのですが、
なんとこの間は、1着を、うちのかみさんがさらってしまった(笑)。
あれには、ぼくも弟も、くやしい思いをしましたね(笑)」
今夜の一杯
開店以来の名コンビ、
ピロシキ & 17年物のオン・ザ・ロック

土谷さん 「この店を開けた4年前は、
お酒は全部で10種類しか置いていませんでした。
資金も潤沢にあったわけではありませんからね。
お酒を揃えるにも限度があって、
ですから、たった10本のラインナップを決める時は、それは真剣でした。
そのうちの1本は、
『格別に旨くて』そして『高級な』ウイスキーを選ぼうと考えました。
そうして熟考した末に、『これだ』と決めたウイスキー、
それが『バランタイン17年』でした。
今では、お酒もこつこつと揃えていくうちに、
ウイスキーだけで100種類、
ウオツカだけで110種類を揃えるようになりました。
でも、『バランタイン17年』に対する思い入れは変わりませんね。
さて今夜は、そんな17年のオン・ザ・ロックと、
つまみには、ピロシキを、ぜひ。
当店、開店以来の名コンビの“妙なるハーモニー”をお楽しみください(笑)」

BLOODY DOLL(ブラディードール)
| 住所 |
東京都中央区銀座7-4-7 小島ビル2階 |
| 電話 |
03-3289-8155 |
| 営業時間 |
18:00〜3:00 (土・日・祝0:00) |
| 定休日 |
月2回。第2土、日のどちらか。第4土、日のどちらか。3連休の最終日。つまり、不定休。 |

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